【囃子(はやし)】
能・歌舞伎・長唄・民俗芸能など各種の芸能で
拍子をとりまたは情緒を添えるために伴奏する音楽
笛・太鼓・鼓・三味線・鉦(かね)などの楽器を用いる
歌舞伎囃子・神楽林・祭礼囃子・馬鹿囃子など   (広辞苑)


囃子とは、賑やかな気分をかきたてる「栄(は)やす」という動詞が名詞化したもの

7月の京都は祇園囃子の「コンチキチン」の鉦(かね)や笛の音色で彩られます
各鉾や山で、リズムやメロディに少しずつ違いがあり
それぞれに聞き分けるのも一つの楽しみ方だと思います

そもそも、祇園祭は貞観11年(869)を基とする疫病退散祈願の祭礼ですが
お囃子は
疫病のもととされる悪霊をおびき寄せる重要な役割を担っているそうです
お囃子を賑やかに演奏することで悪霊たちを誘い
                     楽しい雰囲気にさせ
その日のうちに鉾山のある町に持ち帰り、蔵に閉じ込めてしまう、のだそうです


趣の変わったところでは、落語の出囃子があります
落語家が高座に上がる際にかかる音楽であり、寄席囃子のひとつです
いわゆる演出効果のひとつです
特に前座の最初に出る者のみに奏でられるのは
急速調で、急き立てるような囃子で
「早く石段を上がって出世するように」、との意味を込めているといわれます


しかし、東京落語は上方に比べ導入は遅く
物の本によると、大正6年(1917)からで、100年ほどの歴史しかありません
それまでは、「素噺(すばなし)」とよばれ
太鼓だけの音で、地味に演ずるのが「粋」とされました
しかし、聴衆に飽きられたのでしょうか、寄席から人々が遠ざかるようになりました
そこで寄席充実のため、新機軸を打ち出し、賑やかな演出が不可欠ということから
「お囃子」の採用という英断がなされ

今日に至っています

「伝統」とは、 あるものを次代や他に伝える、または与えることで
歴史(※1)を通じてもわかるごとく
一般に、思想・芸術・社会的慣習・技術などの人類の文化の様式や慣習などを
先代から当代、後代へと伝えられ、受継がれていくものです
先述の、祇園囃子しかり、出囃子しかりです
(※1:編集子は、100年を経過した事件・事案を「歴史」と呼ぶことにしています)

新規開発であれば、最初からコンセプトに応じたものを作り出せるわけですが
ブランド力の存在がネックになります
また、マーケットの問題も重要とされます
伝統文化や産業は、その点、従来より持ち合わせているので有利です

一見、いままでと手法、材料、販促方法などが同じであっても
デザインに、国際感覚を加味したり
女性・男性依存を、ユニセックスにしてみたり
いろいろな、変革のアイデアが産まれてまいります

各地で伝統産業や、文化が連綿と受け継がれているのも
こうした配慮があって、今日に至っています
いわゆる、先人たちの努力の結晶のたまものです
同じ技法と材料を用い、新しい作品に向かって挑戦と革新をし続けること
つまり、伝統とは、先達たちが言われる「革新の継続」という表現に同感です



他方、「伝承」は、全く同じことを後世に伝え続けることだと思います
「旧態依然のまま」、との解釈もありますが
主体性のない伝承は、いずれ消滅してしまいます
当然ですが、後継者・伝承者がいなければ絶えてしまうことになります
今日、復活があっても、一時的なものがほとんどです

後世に脈々と受け継ぐには、東京落語の出囃子採用のごとく
伝承の中での革新が、ある意味必要です
大きな変革は必要ありませんが
その時代、時代における人々の意識に応じた調整が必要だと思います

そこに、伝承物に対する後継者の情熱と先人に対する畏敬の念があり
                     真摯な態度が組み合わされれば
後世の人たちにもきっと受け入れられ
さらには、受け継がれていき、「伝統」となってゆくことでしょう

もし、私たちの周りに伝承すべきものがあるとするならば
もし、私たちの周りに伝統と呼ばれるにふさわしいものがあるとするならば
考える必要はありません、今すぐ事をなすべきだと思います
人生を意義あるものとするために・・・・

古人曰く、「先人から託されたものは、後世に伝える義務がある
       それが新人(私たち)の責務である
       然らずんば、新人の存在理由はないし、存在権もない」
                    ・・・・新人の務め・・・・、を参考にどうぞ

これをなすために、私たちは日々苦悩しているのです
伝統文化に一度でも関わった経験のある人は
故郷と同じで、遠く離れていても懐かしいものです
いつの日か合いまみえようとするでしょうし、伝えようとするでしょう
ましてやそれが「囃子」であれば
そのリズムやメロディーなどが、往時を想起させてくれるでしょう

人は一生に一度は、自分自身が納得できることと出会いたい、と思っています
プロ野球選手などは
自分が好きなことで身を立て、生活の糧を得る、その代表的な人たちです
歴史にその名をとどめることなどができるのは、一握りの人たちだけですが
凡人にも、そのチャンスはあります
伝統文化に身をゆだねることができれば、かかわりを持つことができれば
新人(私たち)は、生きた証を得たことになり、誇れることでもあります

伝承・伝統文化の触媒の一つでもある「お囃子:鳴り物」
文章を紐解いてくると、なくてはならないものであることが解ります
純粋な音楽は文化そのものですが
「囃子」は文化の立役者であり
「鳴り物」はその名脇役であるのかも知れません



伝統文化の陰の主役である「お囃子」
そのお囃子の
調子(リズム)を取り、旋律(メロディー)を奏で、和音(ハーモニー)は
「鳴り物」によって音が構成されます
それぞれの持ち味を最大限に引き出し
心を一つにさせるのが導師(指揮者:コンダクター)です
そこに拍子とテンポを加え、直接的に音楽としてなりたっています

音楽は、古来より人の心身に、大きな影響を及ぼすことを経験してきました
現代では、音楽の持つ潜在的な影響が、精神にも及ぼすことが研究され
福祉施設などで、音楽療法としても活用されていることは周知の通りです

鳴り物一つ一つには、それぞれに主張する要素があります
太鼓などの打ち物は、拍子は取れますが旋律は奏でられません
     されど、そこに体を使った動作が加わると、空間に躍動感が漂います
三味線は、旋律楽器であり打楽器的要素を持つ日本で進化した独特の弦楽器で
     唄う人に応じて調整ができ、演者の持てる力を倍加させることができます
笛は、哀愁や自然の広がりなど、情緒を表現することが可能で
     聴衆の琴線を揺らすこともできます

特に和楽器と称されるものの多くは有機材でつくられ
日本の風土や人々の営みの中で守り育てられ、伝えられてまいりました
お囃子が懐かしく思え、何のこだわりもなく受け入れられるのは
私たちが伝承や伝統というものを理解しているからだと思います

「鳴り物」は、それぞれに個性があり、音楽的に直接関係する要素は分れます
        心身に影響する部分も違います
        さらに
        チームワークや「間」なども重要視されます
そこに、演奏家の情熱やこだわりなど、関わり方が間接的な要素として加味され
聴く人々に、感動を与え、一体感までもが味わえることになります

「鳴り物」はこうしてみると
単なる道具に過ぎないものが、使う人の心次第で
                   聞く人の心のありようで
神聖なもの、へと変わる瞬間があるように思います
その「時空」が、「伝統」そのものかもしれません
                    ・・・・鳴り物入り・・・・、を参考にどうぞ
先日、ある禅宗寺院で行われた夏の法要に臨席させていただく機会を得ました
その時、「鳴り物」をつかい、読経が堂内に響き渡りました
さながら音楽会のような雰囲気で、一種のカルチャーショックを受けました
そこで目にした楽器(宗教用具:鳴り物)の一部をご紹介します
太古の昔から伝達の手段として用いられてきた民族楽器の代表です
この版木(はんぎ)は、修行僧に時刻を告げるために朝四時と宵の九時に木槌で打たれ
起床と消灯を告げるために打ち鳴らされます
口径60cm以上の大型の鐘を梵鐘と言います
半鐘です、廊下などに吊るされ、呼び鈴的に使います
喚鐘(かんしょう)
雲の形をした青銅製の打ち物です
朝と昼の食事と朝課の時に打ちならされます
雲版(うんぱん)
開版(かいぱん、魚ぱん※(※木+邦、かいぱん)、魚鼓とも呼ばれます
叢林(そうりん:寺院;特に、禅寺)における日常の行事や儀式の
刻限を報じる魚の形をした法器のことで、木魚の原形となっているものです
解説書には「魚は不眠不休でいるところから怠惰を戒めるためにこれを叩く」とありました
五連の句意は
謹白大衆(謹んで大衆〔修行者〕に申し上げる)
生死事大(生死は、事大にして)
無常迅速(無常は迅速なり)
各宜醒覚(各々、覚醒して)
慎勿放逸(無為に、時を過ごさぬように)

仏教修行者の心を戒めているといわれます
巡照板(じゅんしょうばん)
ケイ※子(けいす、※磬-石の代わりに金)
鳴り物主要な三種:ケイ子※(けいす、※磬-石の代わりに金)・木魚・長胴太鼓
お経のリズムを整える道具、打つためのバチをバイ※(※木+倍-イ)とよびます
室町時代から存在していたといわれますが
本格的には、黄檗宗が日本にもたらし、各宗派にも普及してゆきました
妙鉢(みょうはち、鐃ハツ※(みょうはつ、※金+祓-示)とも)
拍子木です、数名以上が読経をする際に、速度を調節するために打たれます
音木(おんぎ、節折(せったく)とも)
密教法具の一つで、修法の時に用いる楽器の一種
柄は金剛杵の形で、その一端に鈴をつけたものです
菩薩の注意をひき、歓喜させるために打ち鳴らされます
金剛杵は、悟りを妨げるものを払うために用いられます
金剛鈴(れい)と金剛杵(しょ)
墓行など移動する場合、携帯用として使用されます
木魚―携帯用
入堂の際などに、先導する僧がこれを鳴らして大衆を引導するのでこの名があります
小型の鈴(りん)に布団と柄をつけて携帯できるようにしてあります
音律が二音あり、寺院法要では一対で使用されます
中国の音階で「律」音と「呂」音があり、「呂律」が回らないという語源の源です
印金(いんきん、印磬(いんけい)とも)
鈴(りん)の大型のもので、寺院用はケイ子(けいす)と呼ばれます
勤行の際に、開始・区切・終了の合図として用いられます
木魚(もくぎょ、杢魚)
喚鐘(かんしょう)付長胴太鼓吊架台
山呼-リスト
山呼らいぶらり〜:雑記帳
2015.08.08
※ご参考までに
このコラムは管理人のひとり言です
黒や灰色の文字は編集子のオリジナル
カラー文字は編集子所蔵資料からの引用です
伝承と伝統
梵鐘(ぼんしょう)
法事のクライマックス(終わり)に鳴らす場合が多いようです
シンバルの原形で、叩いたり擦り合わせたりして音を出します