撮影場所:番場集落、地頭山から南南西に約1.0km
番場城址
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地頭山 (じとうやま)
じとうやまじょう
地頭山城
別 名 --
地理院
地図 
緯度:35.319552
経度:136.314292
Mapion 滋賀県米原市
(米原町)寺倉
標  高 249m/116m=133m
遺構等 曲輪跡、堀切
現 状 山林+山頂
築城者 堀氏
築城年 室町時代
形 式 山城
規 模 東西100m
南北200mm
地頭山山上の城で、東に中山道、北は天野川を隔てて箕浦街道を望む要衝の地、「鎌刃表の城」とも云い鎌刃上の支城。後には堀氏が居城とする。浅井長政の頃は今井氏が守備。詳細不明
城山山容:南側から
天文22年(1553)地頭山合戦
江北の京極氏の家督争いに乗じて台頭した浅井亮政を討つ為に大永5(1525)年、浅井氏本拠の小谷城下に侵攻、天文元(1532)年、一旦は京極高清の仲裁により和睦したが、高頼の子・六角義賢は浅井亮政の子、久政を天文22(1553)年、地頭山合戦で破り降伏させ、久政の嫡男・新九郎を義賢の一字書き出しを与え賢政(後の浅井長政)と名乗らせ、六角氏の家臣・平井加賀守定武の娘を娶らせるなど、事実上浅井氏を服属させた。
地頭山主郭部南側からながめる
地頭山主郭部
山頂部の小さな堀切
自然を利用した堀切
主郭から南側山麓を俯瞰
 
中仙道
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鎌刃城址
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番場城址
 
菖蒲嶽城址
 
蓮華寺
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