弥高本堂(本坊)跡
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大門跡
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刈安尾城址
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土塁下部(畝状堀切)からのパノラマ
弥高山 (やたかやま)
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弥高山
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伊吹山三合目
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刈安尾城址(弥高百坊址)
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上平寺城址
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撮影場所:弥高山山麓、弥高山から南南西に約2.8km
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北側大堀切俯瞰
土塁上部からのパノラマ
伊吹山
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刈安尾城址
畝状堀切等
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この奥に弥高山
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弥高百坊 畝状堀切
この堀切は
弥高本堂(本坊)跡からL100m/H30mほど山頂側にあります
撮影日:2006.05.31
土塁上部からの南側俯瞰:畝状堀切群
霊仙山/阿弥陀岳
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梓 山
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弥高本堂(本坊)跡
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大門跡
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撮影場所:弥高百坊址、上平寺城址から西に約0.5km
上平寺城址からの弥高寺パノラマ
| かりやすおじょう |
| 刈安尾城 |
| 別 名 |
弥高百坊 |
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遺構等 |
土塁、堀切 |
| 地 域 |
25ni:関ヶ原/北西S |
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現 状 |
山林+支尾根 |
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滋賀県伊吹町弥高 |
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築城者 |
京極持清 |
| 標 高 |
760m/270m=490m |
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築城年 |
永享〜寛正年間1429〜1464年? |
| 訪城日 |
2015年05月01日(晴) |
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形 式 |
山城 |
| 山悠々 |
弥高山06.05.31、
弥高山15.05.01、 |
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規 模 |
東西100mx南北300m |
| 概要 伊吹山寺を前身とする寺院ですが、戦国期に京極氏あるいは浅井氏の手により城塞化しました。巨大な堀切や石垣を用いた虎口などが残っています。この頃の城塞は、上平寺城と一体となった刈安尾城として機能していたと推定されています。国指定史跡(滋賀県教育委員会) |
北側大堀切