主郭、中谷山四等三角点、点名:新堂
中谷山 (なかたにやま)
この奥に
林谷山砦址
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主郭の南側、前方に土塁
なかのたにやまとりで
中之谷山砦
別 名   遺構等 土塁、曲輪
地  域 25nn:木之本/北西E   現 状 山林+山腹
Mapion 滋賀県余呉町池原   築城者 原彦次郎長頼
標  高 310m/170m=140m   築城年 天正11年(1583)
訪城日 2016年04月16日(晴)   形 式 山城砦
山悠々 行市山030916行市山・文室山160416   規 模 東西50mx南北100m
概要 賤ヶ岳の合戦で柴田方の砦として築かれました
自然の形状を利用した縄張りで、尾根筋から南の支尾根に曲輪群がひろがっています
別所山砦の説明板にある「大池山」は、砦の並びからして、仲之谷砦のある場所でしょうか
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別所山
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中谷山
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仲之谷山砦址
とちたにやまとりで
橡谷山砦
別 名 遺構等 土累、曲輪、堀切
地  域 25nn:木之本/北西E   現 状 山林+山腹
Mapion 滋賀県余呉町小谷(おおたに)   築城者 金森長近
標  高 444m/170m=274m   築城年 天正11年(1583)
訪城日 2016年04月16日(晴)   形 式 山城砦
山悠々 行市山030916行市山・文室山160416   規 模 東西100mx南北50m
概要 賤ヶ岳の合戦で柴田方の砦として築かれました
自然の形状を利用した縄張りです
城将は、原長頼という説もあります
現地には、「中之谷山原彦次郎長頼砦」の標識が立っています
山麓案内板には、「金森五郎八長近(橡谷山)」の記載があります
参考
中谷山北東尾根に、柴田方の砦として築かれました
柏谷山砦(かしたにやまとりで)、城将:徳山秀現
    標高:330m/170m=160m、橡谷山砦の北東尾根約300m
大谷山砦(おおたにやまとりで)、城将:不破勝光
    標高:319m/170m=149m、橡谷山砦の北東尾根約600m
毛受(めんじゅ)の森入口からの林谷山
北側土塁の東側
北側土塁
北側尾根に続く平削地
標柱、奥に北側土塁
土塁を越え、主郭平削地
現状は左:新堂への分岐、上:橡谷砦、下:林谷山砦への分岐
郭跡
西側尾根にある堀切見返り
西側尾根にある堀切
主郭からの行市山
主郭北側から南側を見る
北側から主郭を見る、土塁で高くなっています
北側尾根に延びる郭跡
標識は東0.4kmにある中之谷山砦jのこと、中谷山に立っています
南側山麓国安地区からの山容
林谷山砦址
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毛受の森
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林谷山砦址分岐
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近江の城山-TOP
はやしたにやまとりで
林谷山砦
別 名   遺構等 土塁、平削地
地  域 25nn:木之本/北西E   現 状 山林+山腹
Mapion 滋賀県余呉町小谷(おおたに)   築城者 毛受勝助家照
標  高 260m/170m=90m   築城年 天正11年(1583)
訪城日 2016年04月16日(晴)   形 式 山城砦
山悠々 行市山030916行市山・文室山160416   規 模 東西50mx南北100m
概要 賤ヶ岳の合戦で柴田方の砦として築かれました
自然の形状を利用した縄張り、尾根筋から南の支尾根に曲輪群がひろがっています
山麓登山口に、毛受(めんじゅ)兄弟の墓があります
山麓案内板には、「徳山五兵衛秀現(林谷山)」とあります
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