ぎょういちやま ルート 新堂登山口P(9:20)〜中谷山〜別所山(10:20)
〜行市山頂上(11:20/11:50)〜林道出合(12:20)
〜中谷山(13:00)〜新堂登山口P(13:30)
行市山 シュミレーション
地  域 25n:木之本/北西E 概要 滋賀県の北部の余呉町と福井県敦賀市との県境に位置し、その昔、賤ヶ岳の戦いがこの地で行われました。柴田勝家が砦を築いた所です。南に賤ヶ岳、東に北国街道、西に塩津街道があり、頂上から見渡すと、小谷方面まで相手方の様子が見え、戦略的に重要な位置であったことから、ここに砦を築いたのだとうかがい知れます。地元の方々によって、保存整備されています。登山口にある毛受(めんじゅ)兄弟墓跡から登りはじめます。南側登山ルートはよく整備され、時折南側に北国街道を見ながら高度を上げていきます。頂上での展望は、樹木が視界をさえぎり、東側だけあり、湖北の山々が目の前に展開します。北側の下山ルートは、雑木で覆われた急坂のため、ルートを見失わないように慎重に降りたいところです。雑木のブッシュを抜けきると、植林地があり、東側の展望が開けます。しばらく林道を進み中谷山で、登りのルートと合流します。
Mapion 滋賀県余呉町/敦賀市
標  高 660m/180m=480m
距  離 約7.0km、斜度:max25°
体力度 34P、☆☆
山行日 2003.09.16、(晴)
形  態 日帰り、2名
時  間 所要04:10/歩行03:20
アクセス 自家用車、01:20
備  考 降りブッシュ迷いやすい
頂上からの展望です
その当時、前面の木は切り払われていたでしょうから
北国街道は眼前にあり
柴田軍も、まさか撤退するとは思っていなかったでしょう

歴史のロマンが漂うところです
別所山付近からの
北国街道の眺めです
敵の進攻があれば
はっきりと見て取れます
登山道の道標
頂上まで続いています
道は、わかりやすく
下草や笹も
刈り取られていました
毛受兄弟の墓
賤ヶ岳の合戦の折
戦に破れた柴田勝家が
北庄に撤退するにあたり
毛受兄弟が
勝家の馬印をつけ
身代わりとなり
討ち死にしてしまいました
その兄弟の墓が
この山麓にあり
地元の方が
保護活動をされています
行市山の登山道は
この左近くにあります
行市山山容
手前の道路は北国街道、この道路と並行して北陸自動車道が通っています
柴田軍は秀吉軍がこの道を進軍してきたら、迎え撃とうと考えていたのでしょうか
結果は、佐久間勢が賤ヶ岳の急襲に成功するも、秀吉軍の反撃のにあい敗退することになります
ルート・シュミレーション はこちらから
頂上
北側・西側は福井県です
杉林となっていて
視界はありません
別所山(標高:444m)
前田利家の砦跡です
広い台地状のところです
登山道
獣除けのための柵
この柵を外して
いきなりの急坂を登りはじめます
歩ッ歩ッ歩:山もゆる、一歩一歩の山あるき
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