撮影場所:瓶割山山麓、小脇山から北東に約3.8km
こわきやまじょう
小脇山城
別 名 --
地理院
地図 
緯度:35.119954
経度:136.173597
Mapion 滋賀県東近江市
小脇町
標  高 374m/120m=254m
遺構等 石垣
現 状 山林+山頂
築城者 三井氏
築城年 --
形 式 山城
規 模 東西200m
南北100m
佐々木氏の家臣三井氏の居城とされています、佐々木氏の館跡(小脇館)は小脇山南麓の小字御所にあったとされています。三井氏は佐々木氏の流れを汲むと云われています、詳細は不明
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 岩戸山
(十三仏)
小脇館
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箕作山
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小脇山城遺跡には、明治時代とみられる割石の石垣が残るほか、それより古い時期と推測される自然石の石垣を見ることができます。石垣で区画された小規模な平坦地が連続して設けられていることから、見張り場などの跡と考えられています。
  (東近江市教育委員会
        現地看板から)
小脇城址
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小脇山
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小脇地区からの小脇山山容
小脇館跡
嘉禎4年(1238)10月13日鎌倉幕府4代将軍頼経が上洛の帰途、執権北条泰時・連署北条時房らを引き連れ宿泊した佐々木信綱の小脇館で、『吾妻鏡』には、館内に新築された御所のすばらしさは他に比べるものがないと記されています。周辺には、堀田・御所・馬場・馬ヤケ・コチャ門(東門)・岡門・蓬莱門(南門)等の小字名がのこっています。
(中野地区まちづくり協議会
        現地看板から)
小脇地区:小脇館跡
清水山
箕作城址
箕作山
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小脇山城址
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赤神山
(太郎坊)
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小脇山 (こわきやま)、太郎坊(たろぼう)1201
山頂からの南側展望
雪野山
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当地は東山道と伊勢山越ルートである八風街道の交点に位置する要衝であり、経済的・軍事的に有利な位置でした。この地域を支配したことで、佐々木氏が勢力を拡大できたとされています。
  (東近江市教育委員会
        現地看板から)
箕作山の西部に位置する繖山には、室町時代に佐々木六角氏の居城であった観音寺城址があります。箕作山の北部、清水山頂には観音寺城の支城であった箕作城址(箕作城遺跡)が所在するなど、箕作山が要害としての役割をはたしていたことが理解されます。
  (東近江市教育委員会
        現地看板から)
小脇城址の縄張り図(現地看板)
山頂西側に残る割石石垣の一部
山頂部に残る自然石の石垣
布施山
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山頂西側に残る石垣の一部
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