山悠遊-山形庄内
歩ッ歩ッ歩:山もゆる、一歩一歩の山あるき

羽黒山大鳥居

羽黒山大鳥居(両部鳥居)、高さ22.5m 

08:00 参詣口、奥に随神門、H/L:150m/0kp

参詣口鳥居神額「月山・羽黒山・湯殿山」

08:05 随神門、H/L:150m/0.2kp
随神門 詳細はこちらから

末社
羽黒山天地金神社

継子坂を下りてゆきます

境内社

祓川にかかる神橋 

爺杉、樹齢:1000年以上、国指定天然記念物
樹高:48.5m、幹周:10m、山内随一
 
須賀の滝
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羽黒山五重塔(国宝)
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一の坂

杉並木

杉並木
 
二の坂
 
二の坂

杉並木見返り

二の坂茶屋 

08:50 二の坂茶屋、H/L:250m/1.4kp

二の坂茶屋からの展望:北西側庄内平野

境内社

三の坂
 
三の坂

境内社

圓珠院址 

斎官

斎官前の石畳

長い石段の終わり

表参道手水舎

表参道山頂鳥居(両部鳥居):正面

手水舎の水鉢

表参道山頂鳥居:背面

鳥居扁額「羽黒山」

厳島神社

向拝の彫刻が荘厳
 
左柱彫刻

厳島神社 欄間彫刻
 
右柱彫刻

蜂子神社 欄間彫刻

山頂鳥居、厳島神社と蜂子神社

蜂子神社

日輪灯篭

月輪灯篭

表参道鳥居前からの三神合祭殿、右に護摩壇

護摩壇:ここで八朔祭が執り行われます

09:30 神社木柱門、三神合祭殿
H/L:400m/2.3kp
出羽神社 詳細はこちら

鏡池、ここから多くの銅鏡が出土しています
水草はコウホネだそうです

鐘楼(重文)

梵鐘、日本三大大鐘

梵鐘と撞木

鐘楼妻側

10:00 羽黒山東照社、H/L:400m/2.5kp
東照社社殿の裏側付近が最高所、標高:414m

羽黒山東照社唐門
正保2年(1645)、東照宮勧請が許される

羽黒山東照社脇の神輿社と奥に連なる末社7柱

霊祭殿、天井に天女と神龍画があります

霊祭殿香所

霊祭殿扁額「霊祭殿」

出羽三山神社参集殿

鏡池と三神合祭殿

南側広場からの三神合祭殿、柵内は鏡池

山頂東鳥居:背面

山頂東鳥居(両部鳥居):正面、下乗
奥の柵向こうに鏡池 

東手水舎:正面、左奥に芭蕉碑と芭蕉像
「涼しさや ほの三日月の 羽黒山 」

東手水舎:側面、左に進むと山頂バス停

天宥社前からの東手水舎界隈

羽黒山東照社脇の末社
最奥の社殿のさらに奥が最高点、標高:414m

木立の間から三神合祭殿を望みます

天宥社:羽黒山五十世別当:天宥法印を祀る

天宥(てんゆう)社向拝と扁額「天宥社」
 
10:30 羽黒山バス停到着、H/L:400m/3.0kp
山頂バス停(10:55)〜いでは文化記念館バス停(11:10)
 

羽黒山大鳥居(帰路):背面

庄内名産のラフランス(洋梨:フランス系)

月山望遠:残念ながら雲がかぶります・・・・

洋梨の実(※酒田は米国西海岸系とか)
   
ルート・シュミレーション はこちらから 
   
はぐろさん ルート 門前駐車場(08:00)〜随神門〜五重塔(08:25)
〜一の坂・二の坂・三の坂〜出羽三山神社(09:30)
〜山頂バス停(10:30/10:55)〜門前バス停(11:10)
羽黒山 シュミレーション
地  域 06:羽黒山/南東NE 概要 羽黒山は、出羽三山の主峰である月山の北西山麓に位置する丘陵で、国土地理院による標高:414mを山頂位置といたします。修験道を中心とした山岳信仰の山として知られ、開山は、約1400年前、第32代崇峻天皇の皇子である蜂子皇子が、羽黒山に登拝し羽黒権現を獲得、山頂に祠を創建したのが始まりとされています。以後、羽黒派古修験道として全国に広がっていきました。随神門から始まる表参道は全長約2.0km、2446段あるともいわれる長い石段を登りきると山頂部です。両側には樹齢350〜500年の杉並木が続きます。その数は400本以上ともいわれ、国の特別天然記念物に指定されています。杉並木の途中には国宝五重塔がひっそりとそびえ建ちます。山頂には出羽三山神社があり、1年を通じてお参りすることができます。往復するもよし、一時間に一本の路線バスで門前に戻るも良しです。無理をせずゆっくり上ります。
Mapion 山形県鶴岡市羽黒町
標  高 400m/150m/=250m
距  離 約3.0km、斜度:max26°
体力度 15P、☆
山行日 2015.09.13、(曇/雨)
形  態 前後泊、3名
時  間 所要02:30/歩行01:40
アクセス 自家用車、09:00(高速)
備  考 長い石段:雨の日注意
出羽三山は神仏習合、八宗兼学の山とされ、平安時代になると、出羽神を観音、月山神を阿弥陀、湯殿山神を大日権現と考え、三所大権現として三山一体の信仰へと変わり、修験道の道場として崇敬されました。鎌倉時代には僧兵の存在し、室町以降、羽黒山で出家した後、鎌倉や京都で学び活躍したと伝わります。江戸時代には、三山にそれぞれ別当寺が建てられ、仏教の寺院と一体のものとなりました。羽黒山の表参道の杉並木もこの時代に整備されたそうです。羽黒山に五重塔や山頂に鐘楼が建ち、参詣口鳥居前に宿坊街が残っているのはその名残です。

明治の神仏分離で出羽(いでは)神社となり、廃仏毀釈の波に襲われ、羽黒山においても伽藍・文物が徹底的に破却され、往時のよすがを五重塔(国宝)と鐘楼(重文)などにとどめています。また、随神門は、当初仁王門でしたが、随神に入れ替わり、随神門として今に伝わっています。

羽黒山出羽神社は、 伊て※波(いては、※底-广)神の本地仏を正観世音菩薩とし、一山を寂光寺と称して天台宗の寺院(輪王寺の末寺、元は真言宗、江戸時代に改修)といわれます。江戸期には、羽黒山全山の至る所に寺院や宿坊が存在しました。出羽三山神社の本殿である羽黒山三神合祭殿(さんじんごうさいでん、重文)は、出羽神社と雪のため冬期に参拝できない月山と湯殿山を祀り、羽黒山三神合祭殿としています。
杉並木に誘われ、長い石段が聖域へと導いてくれます
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