今日のことば
523版:平成17年10月23日 日曜日
煩 悩
四阿山
山行日:2004.10.18、(晴)
所在地:長野県真田町
四阿山の西側にある
根子岳の中腹尾根から
四阿山山頂を見返りました
海原の
汀に打ち寄せる波のように
綺麗なパイプラインです
雲の表情にあわせて
ルンルン気分で尾根歩きを
楽しむことが出来ました
雲もまた山行の思い出を
演出する一要素です
北岳
山行日:2001.08.16、(晴)
所在地:山梨県南アルプス市
北岳の
雪渓を登りきった所から
山頂を見上げています
荒々しい稜線が
幾筋も張り付いています
これが有名な北岳バットレス
雲が騒いでいます
このまま居続けようか
それとも消え去ろうか・・・・
悩みぬいたのでしょう
お昼になると共に
綺麗な山並みを
あらわしてくれました
御嶽山 継子岳
山行日:2002.08.11、(晴)
所在地:岐阜県下呂市
前夜は雨
小康状態の中を
04:00登山開始
山頂では大荒れの状態
午後になり一気に好転
継子岳から
濁河温泉に向かって下山中
鳳凰のような雲に出会いました
何か好きことの兆しでしょうか
と、勝手に思うことに・・・・
山行に見る 青雲抱大志
一緒にいってみたいなこんなとこ
山葵の山行まっぷ
印の県に「目的地」があります
県名
長野
岐阜
三重
滋賀
「人は煩悩の固まりだ」とか「煩悩の巣窟だ」などと、ときどき耳にすることがあります
煩悩を辞書(
広辞苑)でひも解いてみますと
「衆生の心身を煩わし悩ませる一切の妄念(迷いの心)」とあります
そしてさらに、「悟り」とは、その
煩悩を断じた境地と続けられています
私たちは、物事に執着し、ことあるごとに思い悩みます
仏教ではその悩みのことを「煩悩」といい、その数は「108」あると説かれています
貪(どん):欲深いこと=貪欲
瞋(しん):いかり=自分の心に逆らうものをいかりうらむこと=瞋恚(しんい)
痴(ち):真理を知らないこと=愚痴・無明
慢(まん):おごりたかぶること、怠けること=慢心・高慢
疑(ぎ):教えを信じきれず疑いを抱くこと
見(けん):ものを見たがる ( 叢文社:名数辞典 )
などがあり、現代風にまとめると次のようになります
食・性・生命などの本能的(動物的)なもの
金銭・名誉・支配欲などの歴史的・階級的のもの、にわかれます
現在の資本主義・自由主義の考え方では社会の発展の原動力として是認されていますが
中世封建社会の宗教観では、不平等社会をもたらす社会悪として排斥された、ために
このような「煩悩」を持つことを戒めとされたようで、それが今に伝えられているということになります
ちなみに、大晦日の恒例行事である「除夜の鐘」を百八撞くのは、108もある煩悩を払うため
数珠に、108の珠をつけるのは百八の煩悩を消すため ※小さな数珠は九の倍数で作られている
おまけとして、もうひとこと
百八歳のことを茶寿(ちゃじゅ)といいます、「茶」という漢字を分解すると廿と八十八からなるためとか
山行をしていますと、空の状態は一様ではありません
青空があったり、曇の日も雨の日もあります、まさに自分の欲望の状態と似ているようでもあります
情景と捉えると、快晴の場合より、多少の雲があったほうが情緒深く感じられこともあります
また自分の意(こころ)のありよう(煩悩)によっても、感じ方が変わってまいりもいたします
山行から帰ってくると清々しい気分が味わえます、いくつかの煩悩が汗と共に流れ出たのかも・・・・
天候の按配・雲のあるなしとともに、山行の想い出として記憶にとどまります、大切にしたいものです
禅語の世界でも、「雲」の存在により自己の仏性のありようが説かれています、ご参考までに・・・・
【 雲去青山露(くもさりてせいざんあらわる) 】 「出典:投子語録」
空を覆っていた雲が、本来の青々とした山があらわれる
雲は迷いや煩悩のことで、人間は実に沢山の煩悩に心を曇らせている
しかし、一度何かの機縁にふれて、心が晴れると、本来の自分が見えてくる
しかし、晴れたかと思えばまた曇り、雨も降れば雷も落ちる
その迷いのままに、常に本来の自分を意識できるかどうか、そこが一つの分かれ目である
類似語:雲去山岳露(くもさってさんがくあらわる)
【 雲去々来々(くもきょきょらいらい)】
雲がさえぎられるものとてなく、自由自在に行き来すること
囚われない姿 参考:行雲流水・・・・リンクをどうぞ
【 雲去山嶺露(くもさってさんれいあらわる) 】
雲が山全体を覆って何があるのかわからなかったが、雲が消散するや山がくっきりと露になった
悟りの可能性はあらゆる人が持っているという考え方
煩悩を吹き払うと本来の仏性が燦然と輝きだすことをいう ( 淡交社:禅語辞典 )
高畑山
山行日:2004.04.24、(晴)
所在地:滋賀県甲賀市
鈴鹿峠の西に位置する山で
西のほうからとらえました
綿雲が浮かび
額からは汗がほとばしり
もう初夏のような暑さでした
山の表情は天候に左右されます
その現象に「雲」があります
雲ひとつない快晴のとき
綿みたいな雲が浮いているとき
薄い雲が全体に覆っているとき
太陽の光線によって染められるとき
雲がわきあがってくるとき
暗雲が立ち込めているとき
などなど
その状況に応じて表情が変化し
心洗われる場合や落ち込む場合
孤独を深める場合や癒される場合
などなど
私たちの心の持ちようにも
少なからず影響してまいります
「雲」は常に変化し
一刻として同じ状態はありません
一点の曇もない青空かと思えば暗雲
人の心をもてあそぶように・・・・
今回はいろんな「雲」の表情のうち
青空を彩る雲を集めてみました
これらは、ホンの一部です
入道ヶ岳
山行日:2004.11.20、(晴)
所在地:三重県鈴鹿市
山麓にある椿大神社の
ご神体として
あがめられるお山です
谷を遡ってゆくと沢も切れ
もう少しで尾根
そのとき尾根の向こうから
狼煙のように
白雲が立ち上ってきました
不吉なことの前兆か・・・・
何かに結び付けたくなるのが
人情です・・・・
霊仙山
山行日:2002.05.06、(晴)
所在地:滋賀県米原市
霊仙山の
西南稜から山頂の尾根を
視界にとらえました
筋雲だった雲が
徐々に拡散してきました
おかげで
日差しも強くなく
仙人のような心持で
尾根の上を
快適に歩きました
青山高原 布引の滝
山行日:2004.06.05、(晴)
所在地:三重県白山町
この谷には滝があり綿雲が浮かんでいます
気流の関係でもあるのでしょうか
行程は向こうの尾根まで歩いてゆくのです
それでも本日の1/5ほどの道程です
車山高原
山行日:2004.06.05、(晴)
所在地:長野県茅野市
車山高原のスキー場の一角から
綿雲を見つめました
それを辿ってゆくと
頂部が平らな独特の蓼科山が見えてきました
山梨
甲斐駒ケ岳
山行日:2005.10.14、(晴)
所在地:山梨県北杜市
駒ケ岳の南側にある
双児山山腹からの展望です
黒いシルエットは駒津峰です
ただ今、08:00
朝日をいっぱいうけて
本日の甲斐駒のお目覚めは
ご機嫌がよさそうです
山頂を覆っていた薄い雲は
一歩を踏み出すごとに
霧散していきました
山頂に着いたときには
かけらもなくなっていました
※ご参考までに
このコラムは
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カラー文字は編集子所蔵
資料からの引用です
山呼らいぶらり〜