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釈迦岳南山麓 (しゃかたけみなみさんろく)
釈迦岳
 ↓
遺跡:西側(池跡)から東側
平坦部の石垣
下山口
建物跡の門跡か?:上部から
この地図の作成は、国土地理院長の承認済。(承認番号 平25情使、第539号)
山門跡
南側石垣
開山堂(墓地)跡
供養塔跡
遺跡:東側(建物跡)から西側
分岐(帰路)、右側へ進むと遺跡へ
川沿いの平削地に大きな穴と石が散乱:人工的なもの、なんでしょうか・・・・
寺院庭園跡
寺院跡
寺院山門跡
ダンダ坊遺跡最北端部の図(現地案内板)
ダンダ坊遺跡現地案内板
建物門跡(?)の石垣
池跡
高台と平削地との境に堀切があります、この用途は・・・・想像が膨らみます
庭園石組
登山道を妨げる巨大な岩
寺院跡分岐
平坦部の石垣
イン谷口登山口
だんだぼう
ダンダ(團田)坊
別 名
地理院
地図
経度:35.238662
緯度:135.928270
  
Mapion 滋賀県大津市
北比良
標  高 330m/250m=80m
遺構等 石垣、坊跡、庭園跡
現 状 山林・寺坊跡
築城者 比叡山
築城年 平安期
形 式 寺院
規 模 東西:150m
南北:550m
比叡山中に設けられた山岳寺院が城塞化したもので、元亀年間に繰り広げられた抗争で、延暦寺とともに破壊された比良山中最大の寺院遺構。歴史的経緯は不明。天台修行の場として伽藍が整備されていたものと思われます。
供養塔
山門
開山堂
イン谷口、比良川出合橋からの山容、中央樹林帯部分が遺跡
平安時代から鎌倉時代にかけて存在した山岳寺院であり、比良山系北部で志賀町に属する最大規模の寺院跡です。
古書には、「團田坊屋敷」や「比叡山横川恵心院の別院にして檀陀波羅蜜多山と号す」、「元亀三年織田信長焼却す所なるも古礎石垣等僅かに残れり」と記載されています。
寺跡は、山門や本坊、開山堂跡からなる最北端部、出合小屋背後から庭園遺構の間に散見される平坦地と合計四か所の遺構群から構成されています。
                     (現地案内板:てにおあ編集)
建物跡