陣屋東側水路、林の切れた向うに古池・新池があります
『史跡 小室城址』石碑
小谷山東山麓 (おだにやまひがしさんろく)
小室城(陣屋)図、※写真クリックで陣屋図拡大
大嶽城址
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小谷城址
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小室城址
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金吾丸
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陣屋跡に石組みモニュメント、※遺構はありません
小室地区郊外からの小室城址、小谷j城址
小室地区郊外からの山容、小室城址から南東に約0.4km
| こむろじょう |
| 小室城 |
| 別 名 |
― |
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遺構等 |
削平地 |
| 地 域 |
265ns:虎御前山南西NE |
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現 状 |
雑木地 |
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滋賀県浅井町小室 |
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築城者 |
小堀正之 |
| 標 高 |
138m/128m=10m |
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築城年 |
慶安元年(1648) |
| 訪城日 |
2025年12月24日(晴) |
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形 式 |
館 |
| 山悠々 |
旅悠遊:小室城址、 |
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規 模 |
東西約400mx南北約300m |
| 概要 茶人・作庭家として知られる小堀正一(遠州)の子、小堀正之(2代藩主)によって、慶安元年(1648)に築かれた居館。寛政元年(1789)改易により廃城。遺構はなく、石碑が立っているのみ。 |
小室城
正保4年(1647)に千利休・古田織部とともに、三大茶人として、また、江戸幕府の作事奉行をつとめた小堀政一(遠州)の遺領を継いだ政之によって、慶安元年(1648)に築かれた居館です。以後、政恒、政房、政峯、政方と継ぎましたが、天明8年(1788)伏見奉行であった政方のときに改易となりました。小堀家の居館や家臣の住居などは、寛政元年(1789)に大津代官所によって競売、城は廃されまし。同年には、荒地を開墾して畑とするよう命じられました。小室城の規模は比較的大きく、佐治家に伝わる『江州小室御屋敷指図』によると、南を正面として表門があり、その東から東側の表門にかけて長屋が鉤形に設けられ、北側は山に面し、西側と南側の西半は築地塀により囲まれていたことがうかがえます。この中に屋敷と、馬場・蔵などが建っており、他に小堀家にふさわしく、「転合庵」と「養保庵」の二つのお茶屋が存在していました。この居館の外側、主に西側と南側に家臣の屋敷が居館をとりまくように並んでいました。 (浅井町観光協会・湖北町郷土史研究教室:現地案内板)
大嶽城址
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小谷城址
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小室城址
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