大杉山
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羽柴軍は当初天神山砦に布陣していましたが、柴田軍が行市山を中心とした山麓に展開して砦を築いたため、標高も低く羽柴軍陣地から突出した位置にある天神山砦を放棄し、堂木山と神明山に砦を築き柴田軍と対峙しました
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神明山 (しんめいやま、余呉湖-北山三山)
↓ 神明山
↓大杉山
堂木山→
賤ヶ岳の合戦時の羽柴軍の砦です
神明山砦は、東西200mに及ぶ主郭があり、西の端にも小さな曲輪があります。数条の堀切があり、西の守りが強固となっています。主曲輪の中央部に一段高く櫓台が土塁に囲まれてあり、主曲輪の南北には帯曲輪があります。
主力の堂木山砦の後方を固める位置にあります
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砦縄張図(現地案内板)
神明山
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余呉駅からの山容
茂 山→
←堂木山
文室山南東山麓からの山容
主曲輪土塁
主曲輪高台、三角点
大堀切
しんめいやまとりで
神明山砦
別 名 大杉山砦
地理院
地図
経度:35.538717
緯度:136.191378
  
Mapion 滋賀県余呉町
八戸
標  高 295m/130m=165m
遺構等 土塁、堀切、土橋
現 状 山林+山頂
築城者 羽柴秀吉
築城年 天正11年(1583)
形 式 山砦
規 模 東西:200m
南北:50m
余呉湖の北に位置する山並みの中央部にあり、東野山砦、堂木山砦と共に、羽柴秀吉方の第一防衛線として築かれた砦です。、蜂須賀彦右衛門尉正勝、木村子隼人重滋が陣していました。砦遺構が残っています。この砦址は、賤ヶ岳の合戦以前にも、浅井氏の砦があったようだといわれています。
土塁
東側土塁、平削地
堀切上土塁