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堂木山 (どうぎやま、余呉湖-北山三山)
東曲輪土塁
鳥打坂峠
  ↓
堂木山
 ↓
東曲輪平削地
南側犬走り
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主郭
どうぎやまとりで
堂木山砦
別 名
地理院
地図
経度:35.544148
緯度:136.198255
  
Mapion 滋賀県余呉町
東野
標  高 238m/130m=108m
遺構等 土塁、堀切、平削地
現 状 山林+山頂
築城者 羽柴秀吉
築城年 天正11年(1583)
形 式 山城(陣砦)
規 模 東西:200m
南北:50m
余呉湖の北に位置する山並みの東端部にあり、東野山砦と共に北国街道を挟み込む位置にあり、神明山砦と一体となり、柴田軍の南下を防ぐ役割をしていました。もとは、浅井氏の城跡だと伝えられます
余呉駅からの山容
賤ヶ岳合戦時の秀吉軍の砦です
山頂に東西に二郭を設けていまする。 主郭は東側で、土塁が巡る東西二つの曲輪があり両端に空堀を配して遮断しています。犬走りや顕著ではありませんが虎口もあります。東の二郭は削平され、周囲には土塁が巡らされていいます。
曲輪間土塁
堂木山
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鳥打坂峠
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羽柴軍は当初天神山砦に布陣していましたが、柴田軍が行市山を中心とした山麓に展開して砦を築いたため、標高も低く羽柴軍陣地から突出した位置にある天神山砦を放棄し、堂木山と神明山に砦を築き柴田軍と対峙しました
調略によって秀吉方に寝返った長浜城主柴田勝豊の家臣で長浜衆と呼ばれた山路正国、大金藤八郎らが堂木山砦に布陣していましたが、正国は砦を脱走して柴田方へ走った為、その後には木下半右衛門が入りました。
主曲輪平削地
砦縄張図(現地案内板)
文室山南東山麓からの山容