ちょうのやまじょう
丁野山城
別 名 岡山城
地理院
地図 
緯度:35.456105
経度:136.249162
Mapion 滋賀県湖北町丁野
標  高 170m/100m=70m
遺構等 土塁、竪堀、堀切
現 状 山林+山頂
築城者 浅井亮政
築城年 永正十五年
(1518年)
形 式 山城
規 模 東西50m
南北100m 
小谷城攻略に際し、朝倉氏の援軍が立て籠もる
岡 山 (おかやま)
撮影場所:湖北町丁野地区、岡山から東南東に約0.9km
岡山山頂
丁野山城址
  ↓
丁野山城址
永正十五年(1518年)浅井備前守亮政によって築造された戦国時代の山城で岡山城とも呼ばれています。
天正元年(1573年)織田勢との小谷城攻防の時に浅井を加勢にきた越前朝倉勢(堀江甚助・久保田勘十郎・玉泉坊等)が立て籠もっていたが同年八月十三日に落城しました。 (標識)
中島城址
  ↓
なかじまじょう
中島城
別 名 --
 地理院
地図
緯度:35.454916
経度:136.252102
Mapion 滋賀県湖北町丁野
標  高 130m/100m=30m
遺構等 土塁、堀切、竪堀
現 状 山林+山頂
築城者 中島氏
築城年 戦国期
形 式 山城
規 模 東西100m
南北50m
小谷城攻略に際し、浅井家の家臣中島宗左衛門が守備
中島城址
天正元年(1573年)の小谷城攻防の時に、浅井氏の家臣中島宗左衛門直親が守っていたと伝えられています。
地形を利用し、土塁と堀で巧みに築かれています。
             (標識)
岡山三角点(標高:169.1m)
虎御前山方向をむいています
中島城址(標高:130m)
虎御前山方向を見ています
丁野城址:岡山山頂(標高:170m)、北側を向いています
中島城址(土塁)を西側から見上げる
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