風の向きが変わった。登山道は、谷を左側に見るルートから右側ルートに変わった。そこからは、遠く瀬戸内海が望見できる。眼下の市街地は西条市辺りだろうか。そういえば、今日はお祭りで賑わっていることだろう。
(まだ、まつりにこだわっている)  
土小屋ルートを裏ルートとすると、表ルートにある成就社が間近に見える。そしてなだらかな尾根が急にせり上がっている。一ノ鎖の辺りであろうか、秋空に木々が一段と鮮やかに赤や黄色に染まっている。そこは標高:1,700m辺り。 谷筋が岩で覆われ、滑り台のようになっている。両脇には、もちろん紅葉に色づいた木々が並木道のように連なっている。その先に鉛筆の芯先のように尖った岩が紅葉のじゅうたんの中から頭一つ飛び出させている。これが有名な「天柱石」だと聞かされる。先程来より後先になりながら高度を上げてきたカメラマン氏が解説をしてくれる。氏は地元の方で、毎年恒例のようにこの山の写真を撮り続けているとのこと。

 「ワォー!」、前の人が大声を張り上げた。その方向に顔を向けると、その意味がすぐさま理解できた。眼前に迫る岩壁に、鮮やかに黄色く色づいた木々が白い岩とのコントラストの対比の妙を表現している。下から見上げる岩肌は雄大で、 山の醍醐味が視覚的に味わえた一瞬だ。時折、この場所はロッククライミングをする人が見受けられると言う。不思議なことながら、下から見上げているのに足がすくむとは。
2002.10.25
 平均斜度は60度(部分的には垂直の所がある)、5m登るともう手がしびれてきた。足場を探して一歩一歩 上昇する。半ばの30mを過ぎた辺り、目の前に身の丈以上の大きな壁が現れる。これを越えるには腕の力だけで体を引き揚げなければならず、濡れている岩場に足の置場もままならず、先に進めない状態になってしまった。下を見ると勾配以上に岩場のすごさが恐怖感として私を襲ってくる。もう、手の握力は限界に来ている。
  四国という不整長方形の二つの核心、西の石鎚山が山骨稜々として厳父的なのに対し、東の剣山は豊かな膨らみをもって慈母的である。しかも双方とも古くから住民に尊崇され、歴史と伝統が山に沁み込んで いる。石鎚は 1,982m、剣山は 1,955m、わずかの差で拮抗しているところも面白い。高山の少ない西日本で、 2,000mに近い標高は尊重するに足りる。いずれの点からしても、この二つは名山である。・・・・                     (深田久弥:日本百名山より)

 私が石鎚山と剣山に行ってみようと思ったのは、偶然この文章が目に触れたときからでした。
丁度、中・高年の登山ブームが起こりはじまる頃でしたでしょうか。ようやくこの地に立つことができました。 『石鎚山/剣山 紀行』として、山行後編集いたしましたものを、今回hp用に再編集いたしました。「石鎚編」、「剣山編」にわけて連載いたします。まずは、「石鎚編」から・・・・



10月15日(火)
 瀬戸内しまなみ海道を過ぎ、今治までやってきた。彦根を出発してから、かれこれ6時間が経つ。陽光に照らされ、みかんが黄色く色づいている、瀬戸内海も穏やかに私達を迎えてくれている。  車がたくさん駐車している「う どん屋さん」を見つけた。館はごく普通の大衆食堂の造りだが、店内にはいると、車以上に人が居る。席の入れ替わりも多く時分時とは言え、地元の人もたくさん見えている。きっと美味しいのだろう。 讃岐ばかりが「うどん処」ではない。手打ちでコシがありとても美味しい「伊予うどん」ここにあり。

 東に進むと西条市、15・16日とはお祭りだという。「この旅の目的は山」とばかりに、進路を西に取り、 面河渓(おもごけい)を目指す。山道にさしかかると、案の定、道路幅が狭くなり自分の車がやっとという道のりを進む。所要時間は1時間半なのに2〜3時間もかかったように思えた。空は今までの青空から雲が天空を支配しだしてきた。

 面河は、事前に町役場に問い合わせたときに「めんかわ町」と言って、「おもごです」と訂正されたが、第一印象で頭に植え付けたものは恐ろしいもので、道路標識が見える度に「めんかわ」また「めんかわ」。 とかくいいやすいものだから、とうとう宿につくまで直らなかった。これが人の名前だと、とても失礼な話であって、注意をしなければならない。
剣山編へと続く
石鎚の錦秋:岩と紅葉の競演
石鎚山のスケッチは
こちらからご覧ください
 それにしても、表と裏のはっきりした山容である。そこに人々の畏敬の念を抱かせる尊い「何か」があるのだろ う。空はすみわたり、山肌を階層的に染め上げる錦秋の今、大自然の中に身をゆだねている不信心な私だが、とてもすがすがしさを覚える。誰に言うとでもなく、ただ「ありがとう」の言葉が口から出、石鎚の山に深々と頭をたれていた。
 絶景のパノラマを楽しみつつ、下山道にかかる。太陽の位置は真上近くにある。朝に出会ったカメラマン氏にまた出会う。「前方(北方8Km先)に見える山が瓶ヶ森といって、頂上まで30分程で行ける。石鎚山も雄大にその全貌が見える」と教えてくれる。 その山を見つめていると、頂上直下でキラリと光が見える。そんなところまで車で行けるのだ。朝日とは違う光を浴びた紅葉の木々を、名残惜しみながら、もと来た道を下山する。
弥山の雄姿:遥か彼方に瀬戸内海が見える・・・・はず
 天狗岳の北側の岩壁:北壁は、見るものを圧倒する断崖となっている。恐怖心を更に倍加する。恐いもの見たさ、その天狗岳の尖端へと進んで行く。石鎚山の最高点はこの頂となっている。標高:1,982m、弥山より約 8m高い。岩場に腹這いになり、頭を岩から突き出して北壁を見下げる。壁が見えない、おそらくオーバーハングしている所なのだ。立ち上がってみることなど思いもよらぬ。
(何をかくそう、恥ずかしながら私は軽度の高所恐怖症なんです。それが山登りなんてと言う御仁のために:そういう者の方が何事にも慎重に行動できるのですよ!・・・・これ、いいわけ・・・・)
 振り返るとその弥山が、恐怖の鎖場などなかったように、おだやかな表情でその雄姿を横たえている。
 私の予想外の技術(?) がここにあった。これを、技術と言うかどうかは別と して、自分のおかれている状況を認識し、いかに自分の能力に適応 した方法を見つけるのも、山登りのテクニックの一つ であることを改めて再確認することとなった。これは、登山だけにとどまらず、仕事いや社会生活すべてに当てはまることだと思う。物事にはいろんな見方、思考 方法、利用の仕方があるものだと・・・・。
石鎚山のシンボル天狗岳を背に
垂直の壁:恐怖の三ノ鎖を見下げる
 AM 10:00 弥山到着
 例の三ノ鎖がどんな状況なのかと、到達点まで覗きに行くと、70才前後の老夫婦がリズミカルに登ってくる。写真を撮るために岩場を覗 き込むだけでも恐いのに、登り終えた彼らは淡々とした表情で「今日は岩が濡れているのでゆっくり来た」「これで3回目」。彼らのいでたちを見ると、地下足袋にポロシャツ、運動靴にドレスシャツ、ザッ クはお弁当が入るかたちだけのもの。まるで遠足のような雰囲気だ。さて、「そんなことと鎖登りとは関係ない」と思いきや、以外にもこの鎖は50cm位で両端が環になり、上下それぞれがつながっていて、 彼らはその環のなかに足を入れ、岩に足をつくことなく梯子と同感覚で登るのだと言う。腕の力もいらなければ、足が別段長くなくても良 い。ただ、気力さえあればいいと言う。(これは修行の差ですか!)
 しかし、 程なくしてその言葉の意味が納得でき た。いくらエスケープルートと言って も、60mの高度差を僅かな距離で進むのだから、それなりの急登があるはずである。急勾配な上に断崖である から、岩壁からブラケットで鉄板の歩廊が張り出され、階段も設けられている。雨上がりの後の濡れた鉄板が、足元を更に不確かなものとして、とても滑りやすくなっている。恐怖感は鎖のそれと大差ない。

 山側に身を寄せながら、慎重に歩を進め頂上直下にたどり着く。まわりの景色を愛でる心のゆとりなど、どこかに忘れ去られている。ここから三ノ鎖になる。この鎖は、二ノ鎖より更に勾配がきつく、ほぼ垂直のいわゆる壁である。これを一体どのようにして登れと言うのだろうか。鎖場を目の前にして、呆然とした面もちで暫したたずむ。ここは、頭からエスケープルートを利用することにする。程なくして弥山(標高:1,974m)にたどり着く。目の前には天狗岳がその特徴的な頂をこれ見よがしに誇示している。
 山には、エスケープルートが用意さ れていることがある。幸い、この山にはこれが整備されている。鎖場に取り付いたとき、2人組の女性がこの脇道を進んで行った。ところが鎖から降り てくると、この2人は休憩している。 「どうしたの!」と聞くと、「リタイヤ」と言う返事。鎖場でのリタイヤは今、私がしてきたところであるから充分理解できるところなのだが、彼女達の言葉に理解ができなかった。
頂上直下から三ノ鎖場と頂上を見上げる
 鎖は都合4本下がっていて、別の鎖 だったら良かったのかも知れない。このままではラチがあかないので意を決 して下ることを決断する。が、これがまた登るときよりも大変。石鎚山のすごさの一端を思い知らされた。これに費やした時間は約30分。でも、スムースに登っていく人がいるのも事実。
私は私、安全第一。
すべてにイメージからはみ出る鎖場:二ノ鎖
 表ルートと裏ルートの合流点についた。紅葉を愛でながら、 2時間近く歩いたであろうか。「あと30分ほどでたどり着きますよ」頂上から降りてきた人が教えてくれる。 レンジャーであろうか、ロープを背中のザックにくくりつけている。話をしてみると、「別ルート」の調査を していて、休憩代わりに頂上のお社にご挨拶に行って来たのだと言う。目の前にあるニノ鎖に直面している私達に、「その格好ならば大丈夫ですよ」その言葉に元気づけられて鎖場に取りかかることにした。

  各地の鎖場は、それぞれ岩がこれ見よがしに登山者の進入を拒むように牙をむいている。が、私の経験してきた鎖場の高低差は、せいぜい20mそこそこであった。三点支持で慎重に対処すれば、これまでの鎖場は大過 なく通過できた。しかし、石鎚山のそれは高さにおいても勾配においても、これまでの鎖場とは少々趣を異にする代物である。まず鎖そのものが30mmと、とてつもなく太くて私の鎖のイメージから外れている。高さにお いては60mと比較にならず、ましてや昨日の雨で岩が濡れて滑りやすい状態なのだ。鎖を目の前にして呆然となったのも無理からぬところ(チョット言い訳がましかったかな)。ですよネ!
紅葉のじゅうたんから突き出す「天柱石」
どこにあるか解かりますか
樹林の間から石鎚山がおはようさん
その方に目をやると、笹の葉が急な山の斜面を覆っているだけに過ぎない所なのだが、何気なく頭を上に向けると、樹林の間から石鎚山の頂上が朝日に染められた顔を輝かせている。飛び出してきた人は、カメラ アングルを求めて、足場のよい所である笹原の中に入っていたのである。
 風は微風、爽やかな空気が辺りを包み込んでいる。なだらかな尾根伝いに、頂上が見え隠れしながら高度を徐々に上げていく。1時間程歩みを進めると、荒々しい岩肌が肉眼でもはっきりと捉えられるようになってきた。
10月16日(水)
 窓には露がつき、外は曇っているような感じで、はっきりとは見えない。タオルで窓を拭くと朝日で色鮮やかに染まった峰が、感激の連続となるであろう一日の幕開けを告げている。
ここは土小屋という地名、石鎚登山ルートの代表的な登山口の一つである。標高は伊吹山より少し高くて 1,500m。山の峰々にかこまれた中の台地状の所で、神社や休憩所、大きな駐車場などが充分に確保されている。登山者はもう動き出している。

 AM 07:30 宿舎出発
 いきなり急登となり、まだ起ききっていない眠気まなこの足どりは重い。わずか5分程で土小屋登山口からの本線と合流し、なだらかな尾根道にでる。二重にも三重にも着込んだ体が火照ってきた。程なく1枚目の上着をはぎ取っていると、脇から人が飛び出してきた。
 面河渓は町のパンフレットによ ると、「四国随一の渓谷美を誇り、大自然の宝庫。そこにはきっと自然の故郷が待っている」とある。 言葉に偽りなし。

 PM 04:30 宿到着
 雨がにわかに降ってきた。午前中の空模様からは予想だにしなかった雨だ。歩きたいコースは無数にある。 雨は激しさを増してくる。予定を早々に切り上げ、標高:1,500mの位置にある宿に向かう。切り立った山腹を えぐるように石鎚スカイラインは山の彼方の霧の中へと続いている。そんな所に宿はある。

 宿の部屋に入って目を白黒、何とホームコタツがおいてある。四国と言えば南国、されど石鎚は四国の最高峰。気温が低くてもおかしくはない。そういえば肌寒くなってきた。TVのニュースを見ると、中国・四国地方の広い範囲で、この雨が降っているという。されど明日は晴の予報、ほんとに晴れて欲しい。
荒々しさの中にも清々さのある谷あい
面河渓のスケッチは
こちらからご覧ください
知らない土地では目的地が遠く感ずることはよくあることなのだが、それに しても遠すぎる。地図からして、約2倍の位置間隔である「表示」に偽りありと「ブツブツ」言っていると、目の前に広河原が現れる。まことに心洗われる景色に「来られて良かった」 の一言があるのみ。後から案内図をよく見ると、道のりが長くキャンバスに納まらず縮めて表示したようだ。
面河渓の清流と奇岩に抱かれて
 園内の案内図によると、第1ポイン トまで10分、そしてそれと同じ間隔で 第2ポイントが表示されている。程なくして、第1ポイント通過。水はあくまでも清く、鮮やかな緑色に染まっている。「この水の色は一体何なのだ!」 身も心も洗われるような清流がそこにあった。岩も特異な表情をなし、これに紅葉が加わったら「さぞかし」と思い描きながら沢を登って行く。 第2ポイントを目指して山道を登って行くが、目的地はなかなか現れない、
 PM 02:10 面河渓到着
 車を降り立つと、視界に納まり きらないとんでもない大きさの一 枚岩が辺りを睥睨(へいげい)している。これに「亀腹」と呼称が付けられている。この夏の異常気象で雨が少なく、僅かばかりの水の流れではあるが、とてもきれいである。
(平成14年10月23日のニュースで、愛媛県松山地方の水源地の貯水量は50%を切り、これから一段と厳 しい取水制限がされるとのこと)
面河国民の森
「亀腹」大きな一枚岩:ファインダーに納まりきらない
石鎚紀行  四国の屋根を行く