あまつぼやま/おおぼりやま ルート 新神社P/登山口(13:50)〜雨壺山〜西登山口
〜雨壺山〜東登山口(14:50)〜大堀山登山口
〜大堀山(15:45)〜亀甲山〜新神社P(16:35)
雨壺山/大堀山 シュミレーション
地  域 25zn:彦根東部/南西SW 概要 彦根東部に位置する雨壺山は、市街地の中央を流れる芹川を北山麓にして、彦根市街地の中央部に丘状に盛り上がる山塊です。戦国時代には平田山城が築かれ、関が原の合戦時には佐和山城を攻略するために、井伊直政が本陣を敷いたところでもあります。山頂部は南北にながく、霊園や児童公園など、市民のいこいの広場として整備され、遊歩道も設けられています。南東部のピークには給水タンクがあり、彦根市街地の水道水をまかなっています。芹川を東側に約2kmさかのぼると、大堀山(別名:鞍掛山)と亀甲山が小さな山塊で盛り上がっています。大堀山は、万葉集に鳥籠(とこ)の山として詠まれた所ではないかといわれていますが、まだ確証はされていません。昭和の戦時中、マンガン鉱を採掘したところでもあり、現在もその採掘跡が確認できます。亀甲山は近くに小学校があり、大堀山と共に子どもたちの元気な声で包まれています。
Mapion 滋賀県彦根市
標  高 150m/100m=50m
距  離 約8.5km、斜度:max17゜
体力度 25P、☆
山行日 2010.01.13、(曇・晴)
形  態 日帰り、2名
時  間 所要02:45/歩行02:30
アクセス 自家用車、00:15
備  考 大半車道歩き:車注意
山悠遊-滋賀北鈴鹿
歩ッ歩ッ歩:山もゆる、一歩一歩の山あるき
山聲-TOP
ルート・シュミレーション はこちらから
冷たい風が吹いていていましたが、コーヒーブレイクがわりに歩いてみました。一周3.5km、一時間あまりのコースでしたが、ちょっと欲が出て、隣の丘へ・・・・。終わってみれば8.5km。陽はかげり肌寒くなってきていました・・・・
13:50 新神社、駐車場出発
     神社裏が頂上です
山頂部にたつモニュメント:平和の塔
登山道途中からの南側展望
荒神山
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新神社登山口、標高:100m、管理用道路を登ります
山頂部は少しばかり高く、藪をすすみます
14:20 雨壺山山頂、展望はありません
雨壺山頂上、標高:136.9m
 一等三角点、点名:雨壷山
西側の平削地、20年前に斎場があり、現在は広場公園になっています、切通し部に西登山口
14:20 西登山口、標識もなく分りつらいです
登山道は、藪中を進みます
霊園、樹間から彦根東部の山が少しだけのぞめます
14:30 雨壺山頂上、標高:136.9m
室町期に平田山城がありました。遺構は土塁や堀切などわずかに残るだけです。関ヶ原の戦いでは、徳川家康が佐和山城が落城した姿をここから見たとか・・・・
子ども広場
樹間から彦根東部の山々がのぞめます
北西側が望めます
山中で一番開けているところです
ここからも山麓につながります
東側の登山口にでてきました
北端の樹間からの北東側展望
イワス
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男鬼山
 ↓
向山(芹川北)
 ↓
向山(芹川北)
      ↓
14:50 東登山口、標高:100m
雨壺山の登山口は無数にあります
東登山口近くの芹川にかかる橋(中芹橋)からの東展望
イワス
 ↓
男鬼山
  ↓
野田山
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陣尾山方面
(ヒヨノ)
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中芹橋北詰め(右岸)からの雨壺山
線路橋右岸からの雨壺山
山頂の東に0.8kmから見た雨壺山山容
雨壺山山頂
  ↓
雨壺山山頂
  ↓
雨壺山山頂
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北西側市街地からみた大堀山
15:30 大堀山登山口、標高:100m
マンガン鉱採掘跡
マンガン鉱採掘跡
大堀山山頂、標高:140m
山頂部樹間からの北西側展望
彦根城
  ↓
佐和山
  ↓
大堀山山頂からの北西側展望(望遠)
  ↑
彦根城
  ↑
竹生島
乗鞍岳方面
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奥琵琶湖の山々
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佐和山
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大堀山山頂からの北側展望(望遠)
大堀山山頂からの北東側展望(望遠)
伊吹山
  ↓
男鬼山
 ↓
向山(芹川北)
     ↓
   ↑
野田山
 ↑
新幹線
登山口にある万葉歌碑
☆「淡海路(おうみじ)の 鳥籠(とこ)の山なる 不知哉川(いさやがわ)
    日(け)のころごろは 恋(こ)ひつつもあらむ」
    (巻4-487番・34代舒明天皇の歌とも理解される詞書きがあります)
    訳:近江道の鳥籠(とこ)の山辺を流れる不知哉川(いさやがわ)の名のように
      先のことはイサ知らず、今は君恋しさで悩みつづけているよ
☆「犬上(いぬかみ:狗上)の 鳥籠(とこ)の山なる 不知哉川(いさやがわ)
    不知(いさ)とを聞(き)こせ 我(わ)が名告(なの)らすな」
    (巻11-2710番・年代詠み人不詳)
    訳:犬上の鳥籠(とこ)の山辺を流れる不知哉川(いさやがわ)の名のように
      人に聞かれても、さあねとだけ答えて、けっして、けっして私の名を
      人に教えないで、私の忌み名をお教えするのは、広い世間であなただけ
異説(いせつ)はありますが、鳥籠山と不知哉川に
有力視(ゆうりょくし)される大堀山と芹川(せりかわ)
地域の住民が田畑に水を引き込む作業中にマンガン鉱を発見
昭和16年〜同33年ころまで大堀山で採掘が稼動されていたそうです
『万葉集』には、次のような歌が残されていて
鳥籠山は歌枕の地名として知られています
(西暦672年)7月9日
息長の横河で近江朝廷軍との初戦に勝利した村国男依らの軍は、琵琶湖の東岸を南下し続けた。彼らの南下を阻止しようと、鳥籠山(とこのやま)付近で布陣して待ち受けたのは、秦友足(はたのともたり)が率いる軍勢である。だが、大海人軍はおおいにこれを破り、敵将の友足は壮烈な戦士を遂げた。 
                      日本書紀、第二十八巻、天武紀上(壬申の乱)
壬申の乱(じんしんのらん):天武天皇元年(672年)6月24日〜7月23日に起きた日本古代最大の内乱、天智天皇の息子(大友皇子)と、弟(大海人皇子)の戦い。大海人皇子が勝利し天武天皇となる。天武天皇元年は干支で壬申(じんしん、みずのえさる)にあたるためこれを壬申の乱と呼ばれる
大堀山山頂にかかる標識
大堀山の別名:鞍掛山の標識
南西方向0.2kmに最高点、標高:150mがあります
旧中仙道が芹川にかかる橋の
左岸からながめた大堀山
大堀山山頂
      ↓
最高点
   ↓
旧中仙道が芹川にかかる橋の
右岸からながめた亀甲山
16:00 亀甲山登山口、標高:100m
亀甲山(きっこうやま)頂上、標高:120m
亀甲山山頂からの大堀山、山麓は旧中仙道
亀甲山山麓にある水準点、標高:104.7m
                 点名:199-1
亀甲山山麓は「旭森公園」になっています
国道8号が芹川にかかる橋上からの山容
大堀山
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アミダ峰
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陣尾山
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野田山
亀甲山
  ↓
大堀山山容(望遠)
国道8号/芹川をさらに下ってながめる大堀山
国道8号/芹川から少し下流からの雨壺山
16:35 新神社 駐車場到着
大堀山
   ↓
亀甲山
   ↓
高室山
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陣尾山
  ↓
大堀山
 ↓
御池岳
 ↓
注:犬上の鳥籠(とこ)の山がどこに所在しているのか、現時点では特定されていません
彦根市東南にある山で大堀山(別名:鞍掛山)ではないかといわれています
また、不知哉川(いさやがわ)は現芹川(せりがわ)との説がありますが定ではありません
この大堀山が壬申の乱※の戦場となった「鳥籠山」ではないか、ともいわれています
撮影日:2010.01.13

01 サザンカ
02 サザンカ
03 サザンカの蕾
雨壺山麓にて
(滋賀県彦根市)
山里の彩り:03枚