ほのけやま/あしたにやま ルート 第2登山口P(09:00)〜瓜生野分岐〜菅谷峠
〜ホノケ山(11:05)〜菅谷峠〜足谷山(12:30)
〜佐々内墓跡〜瓜生野分岐〜登山口P(13:55)
ホノケ山/足谷山 シュミレーション
地  域 18n:今庄/北西SW 概要 ホノケ山は旧南条町と旧今庄町の境に位置しています。昔、ノロシをあげて都や府中(武生)へ異変を知らせるノロシ台があったことからこの名が付いたといわれ、「火ノ気」・「煙」の意味も含まれていることから「穂ノ気山」とも書かれるそうです。登山道の大部分を占める道は、「まぼろしの北陸道:古北陸道若狭脇往来・塩の道」とも呼ばれ、17世紀を中心に敦賀から武生に至る最短コースとして、軍事・経済上からもよく利用されたそうです。登山道はブナの原生林の中を通り、人馬の通行によって長年にわたって削り取られた窪地状の道は、深さ6mにも達する所もあり、「切通し」と称され、この道の歴史を偲ぶことができます。峠にあたる菅谷(すげんたん)峠は、林道のために大きく削り取られ、広場状になっており、日本海や丹南(鯖江市・越前市・南越前町などの地域)の山々などが望めます。北側にある足谷山は峠からも近く、簡単に峰探訪が可能です。
Mapion 福井県南条郡南越前町
標  高 737m/250m=487m
距  離 約7.0km、斜度:max27゜
体力度 40P、☆☆
山行日 2009.06.25、(曇/晴)
形  態 日帰り、2名
時  間 所要04:55/歩行03:30
アクセス 自家用車、02:00
備  考 特に問題なし
ルート・シュミレーション はこちらから
ホノケ山南峰
  746峰
    ↓
ホノケ山
 ↓
展望所付近
 ↓
菅谷峠
   ↓
ホノケ山南峰
  746峰
    ↓
ホノケ山
 ↓
      ↑
四瀬山北尾根
金草山
姥ヶ岳方面
  ↓
能郷白山方向
  ↓
ホノケ山
展望所付近
 ↓
足谷山反射板から頂上へのブッシュ
12:30 足谷山山頂、標高:580m
     頂上は光が差しているところ
     展望はありません
  ↑
行きはここ
  ↓
帰りはここ
足谷山反射板からの東側展望
日野山
 ↓
 ↑
杣 山
金草山
 ↓
部子山
 ↓
足谷山
 ↓
12:05 菅谷峠
日野山
 ↓
足谷山
 ↓
佐々布光林坊墓跡
  ↓
菅谷峠からの足谷山山容
11:20 展望所(山頂まであと200m)、標高:720m
足谷山
 ↓
ホノケ山山頂からの東側展望
日野山
  ↓
部子山
 ↓
金草山
  ↓
野見ヶ岳
    ↓
唐木岳
   ↓
岩谷山
 ↑
杣 山
 
四瀬山
姥ヶ岳方面
  ↓
ホノケ山山頂からの北西側展望
日本海
 ↓
アマゴゼ山
 ↓
 
河野地区
ホノケ山山頂からの南西側展望

敦賀湾
西方ヶ岳
    ↓
雲谷山方面
↓日野山
ホノケ山まであと100m(標識無)、標高:730m
11:20 展望所、標高:720m
ホノケ山まであと200m、標高:720m
ホノケ山まであと300m、標高:680m
ホノケ山まであと400m、標高:650m
鍛冶屋炭床場跡(かんじゃすみとこばあと)
火力が弱く炎の立つ「かんじゃ炭」は、打刃物に欠かせない炭で、近在の百姓は農閑期になると、朝早く山へ登って芝を刈り、床場で焼いて炭を作り、夕方にはこれを背負って帰り、府中(武生)で売って生活の足しにしていました。道の周辺に散在する円形の窪地は、「かんじゃ炭」を焼いた床場の跡です。  (現地看板一部編集)
10:45 鍛冶屋炭床場跡、標高:610m
ホノケ山まであと500m、標高:630m
日野山
 ↓
 ↑
杣 山
金草山
 ↓
能郷白山方向
   ↓
部子山
 ↓
笹ヶ峰
 ↓
まぼろしの北陸道・塩の道
登山道の大部分を占める菅谷峠路は、
元比田(敦賀市)〜菅谷〜峠〜瓜生野
(あるいは奥野々)〜府中(武生市)を結ぶ道路で、「古北陸道」「塩の道」「若狭脇住来」とも呼ばれ、かっては軍事・経済上重要な役割を果たしていた道路でありました。江戸時代初期には、奥野々に口留番所があったと伝えられています。
また、その昔、登山道の途中にある菅谷峠を紫式部が幼少の頃、父親と通過した所と伝えられています。
日本海
 ↓
アマゴゼ山
  ↓
西方ヶ岳
    ↓
蠑螺ヶ岳
 ↓
敦賀原子力発電所方向
   ↓
ホノケ山
  ↓
10:30 菅谷(すげんたん)峠
10:10 佐々布光林坊墓跡、標高:592m
←菅谷峠/登山口↓
足谷山→
佐々布光林坊墓跡
本ルート中で一番痩せている所
切通しの堀の深いところ
※一番彫りの深いところは写真には写せませんでした
看板には 切り通し ここからが見どころ
尾根の上を蛇行する峠道は、雪深い奥山の冬を考えて、うまく作られています。深いところでは六メートルにも達する「切り通し」は、数百年の人馬の通行によって削り取られてできたものです。
雄大なブナの原生林と「切り通し」は峠の歴史を語りかけているようです。
09:35 切通し看板、標高:400m
09:25 瓜生野分岐、標高:405m
登山道樹間からのホノケ山山容
ホノケ山
  ↓
展望所付近
  ↑
菅谷峠
↑菅谷峠/登山口↓
瓜生野登山口→
09:15 みつばちの巣、標高:330m
  このために迂回路が付けられています
登り始めの樹間からの東側展望、標高:350m付近
 ↑
杣 山
金草山
 
四瀬山
姥ヶ岳方面
  ↓
能郷白山方向
  ↓
地図をひらいていたらカタカナの珍しい名前の山が眼に飛び込んできました。歴史と眺望の良い山で家族連れなどでも賑わうとか。真夏日だったにもかわらず、ブナ林では、体感温度がさがるさわやかな登山道です。当然のことながら炎天下では汗が滝のよう・・・・
上別所地区からのホノケ山、ホノケ山から東北東に約5.0km
13:55 第2登山口、標高:250m
     駐車地到着
 ↑
杣 山
 
四瀬山
↑瓜生野/菅谷峠↓
13:35 瓜生野分岐、標高:405m
立札には「自然の教材です
おとなしい蜂で毒性もほとんどありません。
そっとしておいてやってください
」、と・・・・
13:45 みつばちの巣、標高:330m
登山口→
窪地状の登山道
13:25 切通し看板、標高:400m
←登山口/菅谷峠↑
足谷山↓
佐々布墓取付きよりのホノケ山
足谷山取付きの峠から北側:武生方向を望む
佐々布墓への取付き峠よりの足谷山
足谷山取付きの峠を俯瞰
南越前町のhpでは標高593mとあります
本hpでは地理院地形図読取で580mを
採用します
足谷山への登山道
足谷山反射板
12:15 足谷山取付、標高:550m
↑登山口
峠の林道
11:05 ホノケ山頂上、標高:736.8m
     二等三角点、点名:戸谷
ホノケ山山頂
10:30 菅谷(すげんたん)峠ホノケ山取付、標高:550m
←林道・第1登山口/墓跡↓
↑ホノケ山/河野村↑
菅谷峠からの西側展望
↓登山口/菅谷峠↑
09:00 第2登山口 駐車地、標高:250m
※2009.06.25現在、第一登山口ならびに菅谷峠への道路は、第二登山口への林道分岐から先は、国道トンネル工事のため立入禁止の規制がかかっています。
↓林道
山の彩り:02枚
ホノケ山山中にて
(福井県南越前町)
部子山
  ↓
12:50 佐々布光林坊墓跡、標高:592m
09:50 林道への分岐、標高:490m

林道方面へはあまり歩かれていないようですが
ここから林道を伝って菅谷峠へも行けるようです
野見ヶ岳
    ↓
唐木岳
   ↓
撮影日:2009.06.25

01 ナツツバキの幹
02 ナツツバキの幹
奥野の地区・南条変電所近くからのホノケ山、ホノケ山から東北東に約3.2km
登山口手前の登山道樹間からの東側展望、標高:300m
12:55 みどりのダム(ブナ林)、標高:510m
     ブナの密度のある葉のおかげで涼しい
岩谷山
09:55 みどりのダム(ブナ林)、標高:510m
登り始めは急な窪地状の道
登り始めの樹間からの東側展望、標高:350m付近
歩ッ歩ッ歩:山もゆる、一歩一歩の山あるき
菅谷峠からの東側展望
佐々布光林坊墓跡(平吹城主)
佐々布氏は、滋賀県に住む国人領主でした。掟運(掟俊の父)幼少の頃、お家騒動に敗れ出家しましたが、帝の病気平癒祈願の功績により、平吹の郷を賜り再び武士になりました。のち朝倉氏に仕え、重臣として一条谷
(原文:一乗谷では?)に館を構え戦功をたてました。
掟俊は、父掟運のあとを継ぎますが、朝倉氏滅亡後は越前国中に一向一揆が蜂起し、かつての領主は不安におののく日々となりました。
天正二年(1574年)、数万の一揆勢の前に平吹城は落城。佐々布光林掟俊は、敦賀へ逃れようと、夜陰に紛れて菅谷峠に向かいましたが、追手に発見され、この地で自刃しました。
                    (現地看板)
山聲-TOP
山悠遊-福井嶺北
武生市街方面
  ↓
足谷山反射板
     ↓
←菅谷峠
登山口→
13:15 林道分岐、標高:490m
↑登山口/菅谷峠↓
林道↑