ばんばじま-なかやま ルート 馬場島荘P(06:55)〜東小糸谷登口(07:10)〜鞍部
〜中山三角点(08:50/09:25)〜西尾根肩大杉
〜馬場島橋登山口(11:05)〜馬場島荘P(11:20)
馬場島-中 山 シュミレーション
地  域 16:剱岳/北西E 概要 剱岳早月尾根の登山基地でもある馬場島から、手軽に登れる山として、また、剱岳の展望台として、多くのハイカーに登られています。 馬場島には、キャンプ場やバンガローが整備されていて、多くのアウトドア派に利用されています。馬場島とは一説には、佐々成政が内蔵助平を越える際、ここに馬を置いていったからと伝えられています。登山口は、@立山川と早月川が合流する地点の馬場島橋と、A東小糸谷があります。馬場島橋の北稜線登山道は、うっそうと茂る樹間のジグザクの急登で、展望はありません。先に開けている登山道で、ほとんどの方がこの登山口から入山されます。東小糸谷のルートは、登りはじめから沢沿いに登山道があり、3度の渡河(木橋)をします。登山道は、以外に開けていて明るく、所々に展望もあり陽の登山道の感があります。山頂付近には巨大な立山杉があり、豪雪に耐え抜いた生命力に感嘆しながらの登山です。
Mapion 富山県上市町
標  高 1255m/710m=545m
距  離 約5.5km、斜度:max29゜
体力度 34P、☆☆
山行日 2010.10.17、(晴)
形  態 前泊、2名
時  間 所要04:25/歩行03:40
アクセス 自家用車、04:30
備  考 北稜線急勾配
撮影日:2010.10.17

01 ダイモンジソウ
02 ダイモンジソウ
03 アキノキリンソウ
04 紫色の葉
05 紫色の葉
06 キノコ
07 キノコ
08 キノコ
09 キノコ
10 キノコ
山悠遊-富山
歩ッ歩ッ歩:山もゆる、一歩一歩の山あるき
山聲-TOP
中山山中にて
(富山県上市町)
06:55 馬場島出発、標高:650m
立山川渡河
剱御前
 ↓
07:00 剱岳早月尾根登山口、標高:760m
クズバ山北尾根
   ↓
07:10 東小糸谷登山口、標高:810m
立山川渡河
東小糸谷渡河、3箇所の橋をわたります
トチの大木
7本の幹が同じところから突き出ています
東小糸谷登山道からの東側展望
猫又山の東稜線
大 窓
 ↓
早月尾根
     ↓
猫又山
 ↓
赤ハゲ
  ↓
白ハゲ
  ↓
赤谷山
 ↓
08:20 鞍部、標高:1130m
鞍部にある立山杉
鞍部にある立山杉、奥に2本あります
鞍部過ぎの樹間からの剱岳
08:50 中山頂上、標高:1255.0m
     三等三角点、点名:中山
中山頂上からの東側展望
剱 岳
 ↓
大 窓
 ↓
赤ハゲ
  ↓
白ハゲ
 ↓
剱岳望遠
剱 岳
 ↓
前 剱
 ↓
マッチ箱
  ↓
小 窓
三ノ窓
  ↓
剱 窓
  ↓
池ノ平山
 ↓
中山山頂からの南側展望
大日岳
 ↓
クズバ山の西稜線
この奥に
奥大日岳
  ↓
山頂西尾根直下の立山杉
潜り抜けられる大杉
中山の阿弥陀杉
09:50 西尾根肩の立山杉
西尾根肩の立山杉
北稜線登山道中腹からの剱岳北尾根
北稜線登山道1/3位置付近からの剱岳北尾根
マッチ箱
 ↓
剱 岳
  ↓
大 窓
 ↓
白ハゲ
  ↓
赤ハゲ
  ↓
池ノ平山
  ↓
池ノ平山
  ↓
赤ハゲ
  ↓
白ハゲ
  ↓
大 窓
 ↓
剱 岳
  ↓
マッチ箱
 ↓
登山口の少し上部からの早月川
猫又山
 ↓
赤ハゲ
    ↓
剱 岳
 ↓
登山口の少し上部からの立山川
11:05 馬場島登山口、標高:710m
立山川からあの剱岳
剱 岳
 ↓
立山川にかかる立山橋
馬場島橋東詰めにあるモニュメントごしの剱岳
剱 岳
 ↓
11:20 馬場島荘到着、標高:750m
早月尾根
  ↓
早月尾根
   ↓
マッチ箱
 ↓
馬場島荘からの早月尾根(望遠)
早月川伊折地区の橋からの剱岳、剱岳から北北西に約13.5km
早月川伊折地区の橋からの剱岳(望遠)
剱 岳
  ↓
前 剱
 ↓
剱御前
 ↓
  ↑
クズバ山
  ↑
中 山
 
大熊山
馬場島荘からの夜明け、撮影05:30
早月尾根
  ↓
三ノ窓
 ↓
マッチ箱
  ↓
池ノ平山
  ↓
大 窓
上市町中心部からの剱岳
上市町中心部からの剱岳(望遠)
剱 岳
 ↓
登山道を歩きながら近くに剱岳を望み
千年もの長い間、豪雪に耐えた杉を身近にできるのは、このコースの最大の魅力です
ルート・シュミレーション はこりらから
山中の彩り:10枚
 2010.10.17
「剱岳が展望できる比較的簡単に登れる山」、編集子の山行スタイルに合致するコースです。若ければ、日帰りも不可能ではないのですが、立山の称名滝の観瀑を組み入れ、のんびり山行コースとして仕上げました・・・・
馬場島は、安土桃山時代の武将で、この地を治めていた佐々成政が、豊臣秀吉の怒りに触れ、
厳冬期の立山越え(正確なルートは不明)を敢行した際、この地に馬を留めたことから名付けられたという伝承があります。
東小糸谷登山道からの北側展望