【 瓜田李下 (かでんりか) 】
意味:人に疑いをかけられるような行動は、慎まなければならない
注釈:「瓜田に履(くつ)を納(い)れず、李下に冠(かんむり)を正さず」の略
    瓜畑(うりばたけ)で履物をはき直そうとすれば、瓜を盗むのではないかと疑われ
    李(すもも)の木の下で冠をかぶり直したりすると、李を盗むのではないかと疑われる
出典:古楽府「君子ハ未然ニ防ギ、嫌疑ノ間ニ処(お)ラズ
         瓜田ニ履ヲ納レズ、李下ニ冠ヲ正サズ」               ( 広辞苑 )

    
※古楽府:漢の時代の民謡“君子行”にある
    
「楽府(がふ)」は、民間で歌われていた歌謡のことで、詩人が作った「詩」と区別されてこう呼ばれた
           
『 前半で「人から疑いをかけられるような行為は慎むべし」と説き
             後半では「功労を誇らず謙虚であるべし」と説く
             君子たるもの処世訓を述べている 』


人には「出来心」とか「魔が差す」ことがあります
聖人君子ならばいざ知らず、小人:凡人である筆者もしくは、編集子のような人々は
心の奥底や片隅に存在していると思います
もし、「自分はそんなことはない」とおっしゃる方がおられるとするならば、あなたは、聖人です

2003年の秋、全国で丹精こめた果物や袋詰めにした玄米が盗難に遭いました
模倣犯も横行、盗難事件が多発し、社会問題までになってしまいました
果ては、生育している稲をコンバインで刈り取り
タイムオーバーだったのか、田圃の中央部だけを残して逃走した事件まで起こってしまいました


私たちは先輩方から
「李下に冠を正さず」という言葉を教わっています
してはいけないこと、やってはいけないことを教えられています
「人に迷惑をかけるな」、「人のものを盗むな」などと教えられてきました
それを、「分別:理性で物事の善悪・道理を区別してわきまえること」と言う言葉で理解しています
そんな人たちが起してしまった事件は
「出来心」とか「魔が差した」と言う言葉でその行為を非難され、社会的制裁もされます
しかし、前出の盗難事件などは「計画的」であり
自分本位で、身勝手な行為で酌量の余地などありません
なぜ、こんな事件が多発するのでしょうか・・・・

瓜田李下」の言葉を、多くの人が知っています
猜疑心がわき、人を信用できなくなったとき、そんな言葉は忘れ去られてしまいます
自分に都合がよいこと、自分に利益になること、他人の迷惑など知ったことではない、などなど
現代人のモラル:道徳観・倫理観が希薄になってきているからなのでしょうか
要領よく立ち振る舞えばよいという考え方、それとも、正当化する考えが別にあるのでしょうか・・・
「今、今をよりよく生きよと言うが、こんな世の中ではよりよく生きられない」と言った人がいました
また、眠れない日が続きます
県名
印の県に「目的地」があります
山葵の山行まっぷ
滋賀
京都
三重
佐和山山麓 柑橘
山行日:2004.01.31(晴・曇)
所在地:滋賀県彦根市

民家の庭先に
たわわに実っていました
背後に見えるのは
佐和山山頂です
霊仙山麓 
山行日:2004.01.15(曇)
所在地:滋賀県山東町

霊仙山麓柏原で見かけた
風景です
鳥にも見放された柿
雪の重さにも耐え
けなげです
渋柿で
つるし柿にすると
とてもおいしいのですが
収穫する人も高齢化で・・・・
高雄 柑橘
山行日:2003.11.13(曇・雨)
所在地:京都市右京区

谷あいを進んでゆくと
高山寺や西明寺に行けます
すぐ左に神護寺の
参道に至る階段があり
紅葉が展開します
この年は
紅葉がまったくだめで
この黄色が一際鮮やかに
浮かび上がっていました
鷲峰山麓 烏瓜(カラスウリ)
山行日:2003.11.22(晴)
所在地:京都府和束町

熟した実から種を取り出し
遊びに使いました
おはじきの袋に入れた
想い出も

山路きて
     なにやらゆかし 烏瓜

    (芭蕉の句をもじって)

※人は食べられませんが
(烏が食すことからカラスウリ)
「瓜」と言うことでトップを飾りました
錫杖ヶ岳山麓 野苺
山行日:03.12.04(晴・曇)
所在地:三重県芸濃町

酸味があり
籠に一杯集めて
ジャムにしたり・・・・
みたいな
414版:平成16年4月8日 木曜日
山呼-リスト
※ご参考までに
このコラムは
管理人のひとり言です
黒や灰色の文字は
編集子のオリジナル
カラー文字は編集子所蔵
資料からの引用です
今日のことば
瓜 田 李 下
一緒にいってみたいなこんなとこ
山行に見る 山野の恵み
今でこそ食料が豊富にありますが
あの食料難の時代
柿の実や木の実などで
少年期を過ごした者にとって
山野にある幸(果物等)を見つけると
野山を駆け巡った幼き日々のことが
想い出され、格別の思いがあります
当時(昭和30年代)の俳句雑誌に
「山の子とアケビ交換キャラメルを」
という句が掲載されてあり、手足に赤チンの数の多さが勲章だった頃の想い出と共に、記憶に残っています
その頃の山河は、今は私の脳裏にしか存在しませんが、鮮やかに甦ってきます
現在の少年たちにも素晴らしい
山河の情景が残りますように・・・・
そんな念いを込めて
山野の恵みの特集をしてみました
山呼らいぶらり〜