ぜんみょうしょういん(さなだあん) ルート 道の駅P(09:10)〜真田ミュージアム(09:20/10:10)
〜真田庵(10:10/10:30)〜真田古墳/九度山焼
〜梅下百貨店/松山常次郎記念館〜P(11:20)
善名称院(真田庵)
地  域 30n:橋本/北西SE 概要 善名称院(真田庵)は、宗派:高野山真言宗、山号:伽羅陀山、本尊:延命子安地蔵菩薩、別称:真田庵、創建年:寛保元年(1741)、開山:大安上人。真田昌幸の庵跡と伝承のあるこの地に、大安上人によって、地蔵菩薩を安置した一堂が創建されたのが当院の始まり(諸説あり)とされています。関ヶ原の戦いで、西軍に属して敗れた真田昌幸・信繁父子は、女人禁制の高野山に配流の身となり、真田氏ゆかりの蓮華定院に入った後、高野山を降りて九度山に移されて蟄居生活を送ることとなりました。九度山での14年間の後、大坂冬の陣に参戦します。後世、真田親子の講談が人気となり読まれると訪れる人も増えて観光地化され、別称・真田庵と呼ばれるようになり、資料館なども併設、開館されました。平成28年(2016)のNHK大河ドラマ・『真田丸』の放送に合わせ、北へ100mの地点に九度山・真田ミュージアムが開館しています。
Mapion 和歌山県伊都郡九度山町
標  高 81m/71m=10m
距  離
体力度 ―、Θ
山行日 2025.05.29、(曇/雨)
形  態 後泊、3名
時  間 所要00:20/歩行00:10
アクセス 自家用車、03:30
備  考 路地歩き、駐車場なし
「本堂他」案内板、※写真クリックで拡大
長屋門正面額縁
長屋門正面
長屋門左正面
長屋門右正面
西門正面額縁
西門背面
庭園への露地門
句碑『 かくれ住んで 花に真田が 謡かな (蕪村) 』
「慶長年間、幸村公が閉居中、真田屋敷に落ちた雷をとりおさえて井戸に封じ、里人の難を救ったと云う」言い伝えがあります
雷封じの井
「大安上人」案内板、※写真クリックで拡大
大安上人廟所霊屋(開山堂)右正面
次のような逸話が伝承されています
「土砂加持の信仰を強く持ち、紀ノ川の清らかな砂を何度も清水にさらし、人々の才なんや悪病除のお祈りをした。上人から、この土砂をいただくと不思議に病気が治り、災難をよけられたので、人々は父母のように上人を慕って集まってきた。この活躍は、調停や公家衆にも知られ、後桃天皇は大安の加持土砂を毎朝供養したという。」
「土砂堂・大安上人廟所霊屋」案内板、※写真クリックで拡大
真田安房守昌幸墓地宝篋印塔
真田昌幸墓地
真田地主大権現左正面
「真田地主大権現」案内板、※写真クリックで拡大
真田地主大権現鳥居
庫裏前からの長屋門、中左:真田安房守昌幸墓地
本堂・庫裏
北門
「長屋門他二棟」案内板、※写真クリックで拡大
長屋門南西側
築地塀、長屋門西側
西側築地塀、甍は本堂
西門右正面、築地塀
西門正面
句碑『 炬燵して 語れ真田が 冬の陣 (蕪村) 』
千度石、奥に真田安房守昌幸墓所
千度石、奥に土砂堂
千度石、宝篋印塔、奥に大安上人廟所霊屋(開山堂)
大安上人廟所霊屋(開山堂)扁額『大安上人』
「土砂堂」案内板、※判読困難により逸話を下記に記す
土砂堂正面
土砂堂・大安上人廟所霊屋
真田地主大権現左正面中景
「真田安房守昌幸墓所」案内板、※写真クリックで拡大
真田安房守昌幸墓所
本堂
長屋門前からの本堂、左:真田安房守昌幸墓地
「真田屋敷跡」案内板、※写真クリックで拡大
境内、右:本堂・庫裏、中奥:長屋門
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