るりさんだいふくじ |
ルート |
瑠璃山大福寺(10:40/11:50) |
瑠璃山大福寺 |
地 域 |
22wh:三ケ日/北西NE |
概要 大福寺は、宗派:高野山真言宗、山号:瑠璃山、本尊:薬師如来、創建年:貞観年間(859-877)、中興年:承元3年(1209)、開山:教侍(きょうたい)上人。創建当初、寺号は幡教寺(ばんぎょうじ)と号し、静岡県浜松市と愛知県新城市にまたがる富幕(とんまく)山にあり、承元3年(1209)に大中臣時定が、所領250町歩を寄付して現在地にに移転され、土御門天皇から勅額を下賜されて大福寺と改称されました。江戸時代には、幕府から朱印状が与えられていました。庭園は、元禄時代の茶人:山田宗へんが好みに改造したと伝えられ、900坪の池泉回遊式庭園「浄土苑」は、県指定名勝に指定されています。貴重な宝物館「聚古館」があります。徳川家康が好物で、室町時代から伝えられ、代々受け継がれながら、今でも寺一族のみで、手作業で作られている「大福寺納豆」があります。参道の下を第二東名が貫いています。湖北五山の一つの寺です。 |
 |
静岡県浜松市三ヶ日町 |
標 高 |
61m/47m=14m |
距 離 |
― |
体力度 |
―、Θ |
山行日 |
2024.11.22、(晴) |
形 態 |
前泊、3名 |
時 間 |
所要01:10/歩行00:30 |
アクセス |
自家用車、02:30 |
備 考 |
特に支障なし |
「大福寺宝物館(聚古館)」案内板、※写真クリックで拡大表示
書院越の大銀杏
「大福寺 大銀杏」案内板、写真クリックで拡大表示
庭園(パノラマ)、写真クリックで拡大表示
室町時代の築庭と伝わる池泉庭園
江戸時代に、吉田藩(豊橋)の茶頭を勤めた山田宗へん(へん:偏の人偏を行人偏に変更、やまだそうへん)が、元禄期に大福寺に滞留し、回遊式の庭園に改修したといわれています。客殿と書院の西側につくられた庭園は、背後の山を利用した築山に、石組によって阿弥陀三尊を表し、右手奥に滝石組みが配置されています。西方浄土を意識した庭園で、築山の手前の池には中島がなく、浄土までの距離の遠さを連想させます。築山の周囲には、池を渡る橋が2か所設けられているほか、左右に鶴と亀の出島が配置されています。
庭園
中門背面
中門正面
左:中門、右:書院
本坊表門左背面
本坊表門背面
フダンザクラ
フダンザクラ
フダンザクラ
弁財天堂
弁財天堂中景
熊野鎮守
熊野鎮守中景
北見妙見像
弥勒菩薩像・修行大師像
六角堂
弘法大師堂扁額『大師堂』
弘法大師堂
鐘楼
鐘楼
本堂左背面
本堂左正面
本堂正面
吐水龍
手水場
手水舎
弘法大師八十八ヶ所仏像が両側に立ち並ぶ参道
本坊前参道
室町時代の築庭と伝わる池泉庭園
江戸時代に、吉田藩(豊橋)の茶頭を勤めた山田宗へん(※へん:偏の人偏を行人偏に変更)が、元禄期に大福寺に滞留し、回遊式の庭園に改修したといわれています。客殿と書院の西側につくられた庭園は、背後の山を利用した築山に、石組によって阿弥陀三尊を表し、右手奥に滝石組みが配置されています。西方浄土を意識した庭園で、築山の手前の池には中島がなく、浄土までの距離の遠さを連想させます。築山の周囲には、池を渡る橋が2か所設けられているほか、左右に鶴と亀の出島が配置されています。
拝観用パンフレット、※パンフレット写真クリックで詳細表示
回遊式庭園の対岸から書院を望む、右:大銀杏
中門中景
本堂前広場、※鐘楼前から六角堂
仏塔正面
仏塔側面
本堂右正面
階段参道を登りきると上壇、正面は本堂
「瑠璃山大福寺 案内図」案内板、写真クリックで拡大表示
参道口
山門前、昔の境内入口、※現在の参道口はここから約400m程先
本坊表門正面
「大福寺の庭園について」案内板、※写真クリックで拡大表示
回遊式庭園の対岸から書院を望む、右:大銀杏
庭園(パノラマ)、※写真クリックで拡大表示
本坊表門左正面
石塔側面:九像、※写真クリックで拡大表示
石塔正面:十五像、※写真クリックで拡大表示
護摩堂扁額、振鈴
護摩堂向拝
護摩堂、左:秋葉神社金比羅
旅悠遊-静岡浜松
歩ッ歩ッ歩:山もゆる、一歩一歩の山あるき