| 標 題 | 田水(たみず)張る 逆さに映る 山姿 |
| 地 域 | 25znw:彦根東部/南西C |
| 滋賀県彦根市鳥居本町 | |
| 山行日 | 2024年(令和6年)05月18日、(晴) |
| 撮影場所 | 佐和山山麓かもう口近く |
| リ ン ク | 歳時記:軌跡・偶然-二重走、 |
| 概 要 | 佐和山城の歴史は古く、鎌倉時代初期、近江源氏・佐々木定綱の六男時綱が佐和山の麓に館を構えたのが始まりと伝えられています。その後、佐々木氏は湖南の六角氏と湖北の京極氏に分かれて対立。佐和山城は両勢力の境い目の城として攻防が繰り返されました。戦国時代に入ると、湖北では京極氏に代わって浅井氏が覇権を確立し、湖南の六角氏との間で佐和山城争奪戦が展開されることになります。信長の時代は、佐和山城に重臣の丹羽長秀を配し、秀吉の代も、堀秀政、堀尾吉晴そして五奉行筆頭の石田三成が入城し、佐和山城は整備され、山下は東山道に面して大手門が開き、城下町も形成されました。その後、関ヶ原の戦いで石田三成は敗れ、彦根城築城にともない廃城となりました。その際、石垣や建物の多くが彦根城へと運ばれました。 編集子が普段、散歩コース(1時間)の一つとしている佐和山の見える田圃道。佐和山城址のかもう口近くからの佐和山眺望です。稲田に張られた水が鏡のようになり、逆さ佐和山の山容を映し出しています。五月晴れ、初夏はすぐそこに。 そこで一言、『 田水(たみず)張る 逆さに映る 山姿 』 |