【 絵空事(えそらごと) 】
  絵は画家の作為が加わって実物そのものではないということ
  転じて、物事に虚偽・誇張の多いこと、架空の作り事          ( 広辞苑 )


映画やTVドラマを見ていますと、字幕に、「これはフィクションです」と、スーパーがながれます
フィクション:作り事、虚構ということですが
私達は、その中にヒーローを作り出したり、夢をかけたりします
そして、うまくはないけれど夢や希望を「絵」にします
作家や芸術家などの方は、創作活動の中で、それを表現し、見事に操っておられます
私達の日常生活では、人間関係のわずらわしさや悲しみ・苦しさ、生活の困窮などに耐え切れず
各人それぞれ、現実から逃れたい・離れたいという気持ちが、大なり小なり心の片隅に生まれます
「もしも・・・・」、「もし、・・・・だったら」、と思うことなど、数えたら枚挙がありません

多くの人は、夢や理想・信念などで自分をささえています
ところが、自身を形成している土台のもろさや外圧などにより
理想と現実のギャップに打ち砕かれ、夢は破れ、自信喪失という憂き目にさいなまれます
他人は、そんな理想や夢を「絵空事」だと、軽口を叩かれるかもしれないけれど
本人にとっては、大切にしているものの一つであり、他人から、とやかく言われる筋合いのもの
ではありませんが、それが現実だから、いたし方もありません・・・・


「絵空事」を絵や小説などで表現したり、口言している内は、世間に話題を提供することはあれ
その筋の人たちに、飯のタネを作っているようなもので
その時点では、世間様に大きな迷惑や災難をかけることもありません
だだ、自分にしろ他人にしろ、それを実現しようとして、社会の仕組みをいじろうとする時
形態の一辺が崩れたときや、ある力(勢力)が働いて歪んだときに、問題が起こります
それ(力)が、信念や理想にからんでくると、紛争や抗争に発展する恐れがあるわけで
絵に描いた餅(絵空事)も、大きな火種になってしまう危険性を含んでいることになります

私達は、自分のことを棚にあげ、他人のことを扱き下ろしたり、持ち上げたりして批評します
自分は何もしないで物事を批評し、論ずる評論家といわれる職種です
よく似た仕事に、エッセイスト(随筆家)やアナリスト(分析家)などという職種もあります
ちなみに、分析家とは、社会現象を調査分析し、その結果や状態を解説する仕事ですが
当事者は、他人の目、特にそれらの専門職種の人たちの論評や解説を気にしながら
起こった事案に対して、適切と思われる対策を講じ、問題解決に努力を傾注されることになります


その対策の結果、事案が解決するとすれば、まことに好ましく、ありがたいのですが
問題解決どころか、事件・事故の発生は後を絶たず、再発防止のお詫びだけが目立つ現状です
専門家はもとより、自称評論家などが、対策が不十分だと難癖をつけたり、叱責などをして
同じような批評や解説がされ続け、責任の所在が不明確のまま、堂々巡りの世の中です・・・・
当事者は、責任回避や自己保身のあまり、それらの人たちに目が向きすぎ
足元や回りに目が行き届かないと言う現象がおこり、事態は迷路に迷い込んでしまうことにも・・・・

『この世で起こることは、この世で解決できないものはない』、はずなのですが・・・・
「好事魔多し」、とはよくいったもので、足を引っ張ったり、スカートの裾を踏んだりするなど
浮世には、とかく邪魔が入りやすいものでございます
「絵空事」:青臭いとか、子どもじみたとか、いわれることもあるかもしれません
現実離れしているところに、「絵空事」の「絵空事」たる所以であるわけですが
夢や理想がない者に、人の心を打つ「絵」など、描くことも書くことも、できないのではないでしょうか
せめて、己の心をなごませる「絵」を描けるようになりたいし、夢や希望を持ちたいものです・・・・
弥陀の手
山行日:2003.07.27、(曇)
所在地:長野県松本市安曇
雲の中に突き出た阿弥陀さまの手のようです
孫悟空が飛び立ったあとの指先でしょうか・・・・常念岳直下、蝶ヶ岳への縦走路にありました
閑話
山を歩いていますと
奇妙なものに出会います
人面石、人面木、動物に似たものあり・・・・
想像力を働かしていますと、色んなものに
出会えるのですから不思議です
山へは孤独をふかめに行くと言う人が居ます
そんなモノ・ヒトに出会える(見える)というのは
感性が敏感になっているときだからでしょうか
県名
印の県に「目的地」があります
山葵の山行まっぷ
大阪
長野
滋賀
今日のことば
一緒にいってみたいなこんなとこ
606版:平成18年03月19日 日曜日
絵 空 事
山行に見る 似て否なるもの
団塊の世代の方ならずとも
誰もが知っている「鉄腕アトム」
未来を予測するSFの世界を描いた
空想科学漫画です
半世紀も前に想像された「絵空事」
ですが、その殆どが現実となっていて
その発想に感嘆の思いを禁じえません
※携帯電話はなかったように思います一方、「事実は、小説よりも奇なり」
と言う言葉があります
創作活動のなかで、フィクションは
空想の世界であると言うことですから
どんな現象が起こってもよく
何を作り出してもいいわけです
「UFO」などもその一つなのですが
フィクションではないと証言する方もあり
興味をそそられるところです
真実は、どうなのでしょうネ・・・・
今回の掲載写真は、「絵空事」にちなみ
実物そのものではないのですが
自然の造形で「似て否なるもの」です
みたいな
霧ヶ峰のスフィンクス
山行日:2004.08.07、(曇/雨)
所在地:長野県諏訪市

奇岩、名前が「物見岩」と付いています
獅子頭のような形をしているようでもあり
ピラミッドを守るスフィンクスのようにも・・・・
赤坂山の荒獅子
山行日:2001.04.23、(曇/雨)
所在地:滋賀県高島市マキノ町

明王の禿
頂上付近にあるガレ場で、奇岩が林立し
別の星に来たような錯覚さえ覚えます
この岩は、その奇岩のひとつ
シシの顔のようにも見えれば、ヒヒのようにも・・・・
貴方は何に見えますか・・・・ただの岩にしかデスカ
南木曽の森の守衛さん
山行日:2005.11.24、(晴・曇)
所在地:長野県南木曽町
南木曽岳の山中に立っていました
目鼻立ちの整ったいい顔をしています
箕面の森の番人(写真-上:側面/右:斜前拡大)
山行日:2006.03.04、(晴・曇)
所在地:大阪府豊能町/箕面市/茨木市境
遠目には人が立っているのかと・・・・
霧の中ですと、一瞬ギョッとしてしまいそうです
映画「オズの魔法使い」に出てきそうなような・・・・
怖くもアリ、優しそうな表情でもあります・・・・
山呼-リスト
※ご参考までに
このコラムは
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黒や灰色の文字は
編集子のオリジナル
カラー文字は編集子所蔵
資料からの引用です
山呼らいぶらり〜