田屋城城山 (たやじょうしろやま)
北の丸土塁
笹ヶ峰
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北の丸土塁
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田屋城城址
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撮影場所:城山から東に約1.5km
たやじょう
田屋城
別 名   遺構等 曲輪、土塁、堀切、竪堀
地  域 25wn:海津/北西W   現 状 山林+山頂
Mapion 滋賀県マキノ町森西   築城者 田屋氏
標  高 310m/150m=160m   築城年 戦国期、天文年間
訪城日 2016年07月16日(曇/晴)   形 式 山城
山悠々 マキノ高原   規 模 東西:100mx南北:300m
概要 浅井・朝倉氏が織田信長の北陸方面への進出を食い止める戦略的な拠点
田屋氏は、戦国時代末期(15世紀後半)、高島郡北部を支配していた海津衆の在地領主で、浅井氏と縁戚関係で結ばれていました。織田信長北進の際に大規模な改修がおこなわれました
天正元年、浅井氏が織田信長によって滅ぼされた際、田屋氏もともに滅びたと考えれれています
搦め手
搦め手への土橋状尾根道
駒返し竪堀
駒返し標識
土橋竪堀、この辺り食い違い堀切あり
土橋
奥ノ丸から主郭入口
主郭(本丸)から主郭入口
奥ノ丸
口ノ丸
大手口東竪堀
大手口南竪堀
説明板(現地案内板)
縄張り図(現地案内板)
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