しょうぶたけ/ふとおやま ルート P(10:55)〜菖蒲嶽城址(11:25)〜堀切(12:35)
〜湯谷神社(13:05/13:35)〜太尾城址(13:55)
〜三角点(14:55)〜山麓(15:10)〜P(16:25)
菖蒲嶽/太尾山 シュミレーション
地  域 25zn:彦根東部/北西SE 概要 菖蒲嶽(菖蒲嶽城址、標高:294.9m)、太尾山(太尾山城址、標高:254m)は、JR米原駅の東側にあります。北鈴鹿霊仙山系の西端に張り出している里山です。山塊の東側は、名神高速道路・旧中山道、西側には国道8号・JR東海道本線・東海道新幹線に挟まれている交通の要衝です。近江には、中世に軍事目的で城塞が多く造られましたが、この山塊にも2箇所、近隣にも数箇所の遺構が残っています。登山口の近くには、中山道鳥居本宿と番場宿の道中で、一番厳しい摺針峠があります。行程中間にある太尾山城址の山麓は、湯谷神社・青岸寺の史跡があり、ハイキングコースが整備されています。ルートの多くは高圧線の巡視路になっていて、危険な箇所は殆どありません。しかし、逆に縦横に巡視路が走っているので、枝道が多く、支尾根に迷い込みやすいので、体力の消耗に注意が必要です。最北端のP196峰からの山麓間は、踏み跡が不明瞭です。
Mapion 滋賀県米原市(米原)
標  高 295m/105m=190m
距  離 約10.5km、斜度:max32゜
体力度 49P、☆☆
山行日 2007.02.25、(晴/曇)
形  態 日帰り、1名
時  間 所要05:30/歩行04:10
アクセス 自家用車、00:20
備  考 尾根:枝道多し
山悠遊-滋賀北鈴鹿
歩ッ歩ッ歩:山もゆる、一歩一歩の山あるき
JR米原駅の東の山に城跡があると知りました。同じ山塊にもう二つ。潅木は葉が落ち、視界が良く、空気が澄んでいるので里山歩きはこの時期が一番いいのですが、暖冬とあって、鈴鹿の山並みには雪形も見られない状態で、霞や黄砂の影響も出始め、醍醐味が半減しています。また、狩猟期ということもあって、むやみに山に入ると鹿やイノシシに間違えられ、ズドーンということにもなりかねませんので、ご用心ご用心・・・・
11:00 登山口
    ここはルート上の一番南端です
←中山道摺針峠
  中山道番場宿→
彦根市東部山麓↓
菖蒲嶽山頂尾根からの北側展望です
菖蒲嶽山頂尾根からの南側展望です
太尾山城址
  ↓
登山道、高圧線鉄塔の巡視路で
ルートははっきりしています
向山山系
   ↓
    ↑
名神高速道路
   長浜市街
    田村山
別名:一簣山(ひともっこやま)
      ↓   
彼方に
金糞山
  ↓
イブキ
  ↓
野田山
   ↓
菖蒲嶽(しょうぶたけ)城(菖蒲嶽砦)
築城年や築城者など詳細は不明です
居城並びに城に関係した人物として
今井氏や吉田安芸守などの名前があります
遺構は土塁・堀切削平地など
最高所の東城(東山道:中山道の監視)
摺針峠への尾根にある西城
(北国街道の監視:摺針峠下から湖北に向かう街道:現在の国道8号)
からなっています。
太尾山(ふとおやま)城址
1471年に米原山(※後述)で合戦があり
このころ築かれたものと考えられています
戦国時代には佐々木六角氏の支配だったようで
永禄四年(1561)六角方の吉田安芸守が守る
太尾山城を、京極高広が今井定清に命じ
深坂から攻め込んだが失敗に終わったという記録があります。その後、浅井長政の支配となり、元亀2年(1571年)織田信長よって佐和山城が攻められると、浅井氏の支配も解かれ、以降廃城となりました(米原市教育委員会:一部抜粋編集)
東城の直前にある堀切
樹木につけられた札には
「秩父(スリバチ)」とあります
11:25 菖蒲嶽城址最高所(標高:294.9m)
     樹間からの山容は東側で向山山系
菖蒲嶽尾根からの北側眺望
伊吹山
 ↓
横山山系
  ↓
長浜市街
 ↓
菖蒲嶽北尾根からの展望
伊吹山
  ↓
 ↑
千石谷
横山山系
  ↓
地頭山
 ↓
松尾寺山
    ↓
この真下は急峻で、中山道が通っています
編集子はhp管理の都合上
菖蒲嶽(仮称)で一覧表記いたします
菖蒲嶽北尾根からの西側展望
磯 山
  ↓
多景島
比良山系:武奈ヶ岳
  ↓
北国街道→
国土地理院によりますと
菖蒲嶽城址のある三等三角点は
「秩父」とあります
三角点を探したのですが
樹木に覆われているのか
見つけることが出来ませんでした
太尾山南城跡 南堀切
12:20 太尾山城の南城跡
    (標高:242m)
出土品から
ここには恒常的な居住施設が
あったものといわれています
12:55 太尾山南城跡 北堀切
北堀切から
湯谷神社への遊歩道が設けられています
これから一旦下山し、再びここに戻ってきます
←湯谷神社
↓南城跡
北城跡↑
千石谷→
←北城跡
↓湯谷神社
堀切/千石谷↑
    南城跡→
遊歩道、といっても意外に急峻です
濱田口、もうすぐ湯谷神社です
13:05 湯谷神社の南登山口
湯谷神社参道から見上げる
太尾山(ふとおやま)山容
湯谷神社参道
湯谷神社、拝殿
湯谷神社
昔、出雲の人が諸国行脚の途中にこの地で
湯泉を見つけ、祠(ほこら)を建てたのが始まり
しかし、温泉はある人が葦毛の馬を湯坪に入れて
洗ったために涸れてしまい、そのお湯は摂津国の
有馬温泉のほうへ移ってしまったといわれています
毎年10月中旬におこなわれる祭礼にくり広げられる
米原曳山祭では、いつも静かな社の森が、熱気と
祭シャギリに包まれます
(米原曳山祭保存会)
青岸寺(せいがんじ)
太尾山西麓にある曹洞宗の禅刹
もとは不動山米泉(べいせん)寺といわれました
南北朝の初期、京極道誉による関基と伝わる
青岸寺、門を額縁にして本堂を見る
戦国時代に、観音像一駆を残して寺は焼失、檀越佐々木氏の衰退によって再建はならず
江戸期、井伊家によって復興され、それを機に、現在の寺名に改められました
その後に造られた枯山水の庭園は、国の名勝に指定(米原市観光協会:一部抜粋編集)
彦根藩九代藩主井伊直惟(なおのぶ)
献納(享保17年:1732年)の手水鉢
青岸寺鐘楼堂脇から本堂を見る
13:40 湯谷神社北脇から遊歩道を登ります
中腹からは急峻な斜面を直登します
ここは遊歩道にはなっていません
14:05 堀切に戻ってきました(この間01:10) 
    太尾山北城跡に向かって再出発です
尾根上にある奇岩
この付近は太尾山城址の南北の中間部
14:10 北城跡の南曲輪、小高い所は主曲輪
     ここが太尾山(標高:254m)
北城跡の北曲輪、小高い所は主曲輪
北城跡の北曲輪からの北東側展望
北城跡 北曲輪から北側展望、前方は盗人岩
伊吹山
  ↓
日撫出山
盗人岩からの北城跡(鉄塔の所)
   
北陸自動車
かぶと山
    ↓
盗人岩
盗人岩
その昔、盗人がこの岩陰に隠れ住んで村人を脅かしたという伝えがあります(案内板)
盗人岩からの東側展望
盗人岩からの南西側展望
松尾寺山
   ↓
八葉山
  ↓
鎌刃城址
 尾根
  |
  ↓ 
霊仙山
 ↓
    ↑
関電湖東変電所
  ↑
フジテック
研究塔
磯 山
 ↓
多景島
  ↓
沖 島
  ↓
荒神山
  ↓
佐和山
 ↓
津田山
 ↓
  ↑
東海道本線/新幹線
←青岸寺
番場/米原高校↑
  太尾山城址↓
青岸寺分岐
14:25/14:40 東尾根(変電所)分岐
↑北尾根
東尾根(変電所)↑
   青岸寺分岐↓
15:10 西円寺登山口
←番場
国道8号→
北尾根分岐↓
14:55 196峰 公共標識
地理院によると
三等三角点(讃岐、標高:196.3m)
北尾根からの北東側展望
  
米原高校
竹生島
  ↓
山本山
  ↓
菖蒲嶽城址
  ↓
太尾山城址
  ↓
  ↑
千石谷
↑番場山麓
東尾根(配電所)からの展望
北尾根からの西側展望
蓮華寺
 ↓
松尾寺山尾根
  ↓
高圧線が上空を支配しています
特に北尾根は巡視路が縦横に走り
ついつい
踏み跡の強いほうに誘導されてしまいます
戻るのを覚悟の上で
探索するのもいいかも・・・・
北山麓から南側を望みます
東尾根
  ↓
  ↑
関電湖東変電所
196峰尾根
     ↓
関電湖東変電所の南詰から
北側を見つめます
高圧鉄塔の林立です
尾根歩きの最中
電磁波の音が
辺りにこだましていました
東尾根
  ↓
↑国道8号
↓摺針峠
15:55 中山道出合
     旧番場宿
伊吹山
  ↓
番場城址
  ↓
中山道の北を向いています
  ↑
中山道
  ↑
名神高速道路
伊吹山
  ↓
地頭山
  ↓
中山道から
菖蒲嶽城址を見上げます
16:25 駐車位置到着
番場宿↑
摺針峠↓
←摺針峠
番場宿↓
琵琶湖岸(入江)からの太尾山山麓の山容(2枚合成)
       太尾山から西南西に2.2km、菖蒲嶽から北西に2.6km
太尾山城址
  ↓
菖蒲嶽城址
  ↓
霊仙山
  ↓
向 山
 ↓
イワス山
 ↓
野田山
  ↓
八葉山
  ↓
  ↑
米原駅
  
フジテック研究塔
  ↑
摺針峠
※米原山
『妙意物語』に「米原山において合戦・・・・」とあるのは、文明三年(1471年)美濃の斎藤妙椿が近江に侵攻してきたときの、米原山での合戦を伝えたものとあり、この米原山が太尾山のことと伝えられています
ルート・シュミレーション はこちらから
山聲-TOP
撮影日:2007.02.25

01 アセビ
02 アセビ
03 ウメ
04 ウメ
05 ツバキ
06 ツバキ
太尾山山麓にて
 (滋賀県米原市)
山里の彩り:6枚