消えた道は直角に折れ曲がっているそこは、標高:2,800m付近。これからの岩道の難所を、一歩一歩、足元を気遣いながら歩を進めてゆく。山頂はその先にある。
『千里の道も一歩から』、もう足を動かしているのは気力だけだ。
あえぎながら山荘と山頂の分岐に辿り着く。高度をわずか100m上げるのに、1時間もかかってしまった。自然とは、こうまで試練を与えないと気がすまないのか。誰にも、平等に苦しみを与えているはずなのに、自分だけに与えられているものと思い込んでしまう。日ごろの運動不足を棚に上げて。
      
     【 2人連れのパーティーがいた。1人は初心者。
       彼が言っていた。 
      「何のためにこんなことをしているのだろうか」「もうだめだ」
      「なぜ、こんな思いをしなければならないのか」「二度とくるものか!」と。
       彼もまた山の洗礼を受けている。
       しかし、1週間経った頃にはこのときの苦しみを忘れてしまい、
       おそらく、山の虜になるのだろう 】

 極限状態は誰しもが感じる。前のほうから、後ろのほうから「ガンバレ!」上のほうから「頑張れ!」と声なき声が聞こえてくる。ふと我に返ったとき、「お疲れさん」見ず知らずの人々の笑顔が見える。 難所を乗り越えたのだ。普段運動をしていない者にとっての山行は、やはり辛いものがある。しっかりと答えが用意されている『日常が大切』と。とは言いながらも、2,900mまで登ってきたのだ。時刻は11時半、昼食を取る。しかしながら、用意した3個のおにぎりは1個しかのどを通らず、やたら水分を要求する。
南アルプス 北 岳(標高:3,192.4m)
 4年ぶりの3,000m級の山。歩き方も忘れていたが、兎にも角にも山頂に立てることの喜びを味わうことができた。太陽による火傷の跡がその大変さを現している。顔の皮も一皮むけた。友人が言った、「声に張りがある!」と。そうかもしれない、山から元気をもらって帰ってきたのだ。山は『私の栄養剤』なのだ。東京三鷹の20代のOLさん、浜松の65歳の男性さん、名古屋の51歳の大工さん、富山の初老のご夫婦、千葉の若者とその両親、韓国釜山の5人連、栃木の若夫婦、東京町田市の女性4人組、大阪生駒の50代の会社員さん・・・・ありがとう。
 山が取り持つ縁への感嘆、お互いの無事を祈って「上へ」「下へ」と別れた。山から『少年時代』というお土産をもらい、足取りも軽くなったような気がする。 それから3時間半、延々と歩きに歩き続ける。左膝の按配は芳しくないが、慎重に歩を進めたためか足の『わらい』はない。見上げれば雲にかすむ谷あいに、昨日苦闘した雪渓が白く輝いている。 登山口帰着:午後1時45分、帰りのバスの発車までは僅かの余裕しかない。着替えもせず、バス待ちの行列の背後につく。昨日一緒に上った人にまた出合う。お互いの山行にエールを送り合う。バスがきた。ちょうど私の前で定員オーバー、残念。でも暫くしたら次のバスがやってくるとのこと。 これも満員、その次のバスは2時間後、乗らないと今日中に家に辿り着けない。無理やり乗り込む。若者が席を譲ってくれた。(年寄りに見えたのかな)酔い止めの薬を飲み、バス酔いに備える。暫くして相席の女性が語りかけてきた。(町の中では考えられない行動なのだ、これも自然と触れ合った効能?)仙丈岳に登って来た 4人のパーティーの一人で、自身は初めての参加、ご主人は留守番、山の会に入っている・・・・速射砲のように口から言葉が吐き出される。よほど楽しい山行だったのだろう。 2時間半の山談義で、バス酔いも・居眠りもしている余裕はない。甲府駅に着いた、彼女たちはこれから温泉につかってから帰るという。私は駅舎で身支度を改め、来た電車に飛び乗ることにしよう。山道を降りてくるときには気にならなかったのに、階段を上るときの辛さは山道の比ではない。ここにきて足にきてしまったようだ。車輛から伝わってくるリズミカルな振動に心地よい眠りについたのは言うまでもない。
8月17日、東の空が白んできた。窓越しに星が見え、早速カメラを手にして外に出る。下弦の月が暗闇を支配している、傍に輝いているのは金星か?すこぶる人恋しくなる。「あの人にこの情景を見せたい、あの人と一緒に語り合いたい」・・・・我に返ると一人だけの自分に気付く。これからも一人だけの山行が続くのだろう。ロマンチックにひたりながら肌寒さを忘れていると一条の光が目に飛び込んできた。『ご来光だ!』思わずシャッターを切る。富士山が雲海の上に日の光を浴びながらその雄姿を見せている。
 空がすこぶる蒼い。間ノ岳へは往復4時間。今日の泊まりの北岳山荘へは5時までに入らないと夕食にありつけない。時間的にはぎりぎりだが、足元が不安。行ける所まで行こうと重い足を引ずりながら、またも高度を上げていく。着いた所は中白峰(標高:3,055m)、間ノ岳の中間点に位置する。南アルプスのパノラマを満喫する。休憩するときにはいつも誰かが傍にいる。1人の山行でありながら1人でない。(メジャーの山だからなのだろう)どちらからともなく山の話が出る。山の話は尽きない、みんな山を愛しているのだ! かくして山行1日目が静かに暮れてゆく。
 6時間は経っただろうか、
目の前から道が消えた!
(突き当たりは無く崖だった)
やっとの思いで八本歯のコルに辿り着いたのだ。頭の上に雲はない、百名山の一つ間のノ岳が前方にその雄姿を見せている。見返れば雲の上に富士山が顔をのぞかせている。(ここは富士山の裏側に当たる所なのだ)
少し元気がもらえたような気がする。しばらく休憩していると後から来る人のほとんどが富士山を目の当たりにして歓声を上げている。やはり日本人にとって、富士山は特別な存在なのだと、改めて気付かされる。
 午前10時、もう4時間も歩いたのだ。標高:2,500m付近、北岳を見上げる広場に出た。一人で食事を取っている人の傍にザックを下ろす。 どちらからともなく「どのコースを、泊まりは、何回目、何処から、登山のきっかけは・・・・」例のごとく次々と話の花が咲き乱れていく。そしてついに隣村で産まれ育ったとの言葉、小学校の 2年後輩だということが判明。○○チャンはあそこに、△△くんはここに、と幼い時の思い出が甦る。まさか甲府の山の中に来て故郷の話ができるなんて夢にも 思わなかった。
昨日、苦闘した雪渓が白く蛇行している。八本歯のコルが朝日を受けて、今日も挑戦者たちの苦闘を楽しみにしているように待ち構えている。達成感・充実感・満足感に浸りながら、廻りの人達と登頂を確認し合う。証拠写真を撮り、上りよりも辛い下りにこれから挑む。(なぜなら、一歩一歩墜落していくわけだ、足に負担がないわけはない)雄大な北岳バットレスを背に受けながら着実に高度をさげていく。お花畑の花々が疲れを癒してくれる。
北岳のご来光、日の出:05:03
 午前6時、北岳山荘出発。何故か左膝に痛みが走る、急に足を酷使したからなのだろう。これまで縁がなかったステッキの助けを借り、歩を進めてゆく。足取りは軽くはない。昨日見えていた八ヶ岳・甲斐駒ヶ岳は雲に隠れている。北アルプスの槍ヶ岳が天を突いているのが見える、鳳凰三山は雲の中だ。北岳の大パノラマを楽しみながら頂上に達する。
 午前8時、4年越しの思いがかなった瞬間だ。東側にはバットレスが断崖を支えている。
 太陽が下界よりもすぐ近くに感じる。 それもそうだ、ここは「アルプス1万尺」なのだ。太陽でヤケドしそうだ。 ここは北岳山頂と山荘との分岐点。山頂は、明日の帰りにアタックするので山腹をトラバースして山荘に向かう。この道は、ほぼ水平に近い。足がリズミカルに動く。おそらくエネルギーを補給し、充分過ぎるほど休憩したからなのだろう。1時間で山荘に到着。ただいま午後1時、出発してから8時間半も経っている。
 甲府駅を出てバス停に向かう私に白い影。「貴方で3人になりますが登山口まで行きませんか?」何の事はないタクシーの運転手の客引きだ。8時間かけてここまでたどり着いた私には、30分のバス待ちなんてまったく問題ない。しかし、バス酔い癖の私は二つ返事で[OK!]を出していた。4人乗れるところが3人しか集まらず、タクシー運転手には気の毒であったが、1人あたり1/4の額で合意の上出発。 空はあいにくの曇り空。途中では小雨まで降ってきた(そう言えば、来る途中岐阜付近で雨が降っていた)。1時間半余りで登山口到着、辺りはまだ暗闇。所々に星屑が見える、山の天気はよさそうだ。ヘッドランプが蛍のように動いている、北岳を以前に訪れてルートを知っているのだろう。私は初めてなのだ、軽い朝食を取り、登山用のズボンに履き替え空が白んでくるのを待つ。
 午前4時45分、左足を前に出す。同行者はそれぞれ1人者が3人。後になり、先になり胸をときめかせながら歩を重ねてゆく。2時間で雪渓に立つ、空を見上げれば白い雲が飛ばされ青空が広がっている。おそらく山頂では大パノラマが展開されていることだろう。この辺りの雰囲気は、白馬岳の大雪渓に似ているが脇の山道もあり、規模的にも若干小さくアイゼンまでは必要としない。雪渓を渡る風が心地よい。
 右を向けば雄大な北岳バットレスが力強く山を支えている。そのバットレスの急峻な岩壁に4人のクライマーが取り付いている。ロッククライミングをしているのだ、まるでノミのように見える。木丸太で作られたいくつもいくつもの梯子段を一段一段足元を確かめながら上ってゆく、いつか終わりがあることを信じて。
山行概要

  南アルプスとは、富士川と天竜川に囲まれた楔形の山岳地帯の通称で、北岳はその中の一つ、白根山脈に位置する。北岳は、富士山に次ぐわが国第2の高峰(標高:3,192.4m)で、日本百名山にも選ばれ、名実共に南アルプスの盟主です。
 (参考、3位−奥穂高岳:3,190m、4位−間ノ岳:3,189.5m、5位−槍ヶ岳:3,180m)
  広河原登山口を進むと、砂防堰堤が何段にも重なり、景観を壊しているが、それを過ぎると美しい沢に出る。
雪渓が見られるようになると、二俣に着く。前方には、北岳東面の大岩壁が間近に見え、その威容に、威圧感さえ覚える。この岩壁は、山頂に向かって、5〜6本の岩稜が、急峻にせり上がり、北岳を支えているようにも見える。これが有名な北岳バットレスです。やがて、雪渓が尽き、登りつめた所が八本歯のコルです。右に進路を変え、頂上へと向かうことになりますが、岩の難所が待ち構えている。これを過ぎれば、山頂(山荘)は目の前です。
 北岳山頂の眺望は、日本の第2の高峰に恥じないパノラマが展開し、富士山はもとより、中部山岳の主要な山々が一望に見渡すことができます。時間と体力にゆとりがあれば、北岳の南西に聳える日本百名山の一つである間ノ岳への往復(所要時間:約4時間)を行いたいものです。下山路にあたる肩の小屋から二俣への右俣コースには、お花畑がひろがり、疲れた体を癒してくれるでしょう。じっくりと観察したいものです。
2001.08.20
北岳紀行 太陽に二番目に近い山
北岳雪渓
下山路:小太郎尾根分岐から山頂を見る
北岳山荘に到着:苦闘した八本歯のコルと山頂が目の前
お花畑越しの山頂:またくる日まで
北岳山頂より間の岳を展望する
日 程、2001年(平成13年)8月15日(水:)夜立ち〜17日(金)
費 用、交通費:21,670-
     食  費: 1,940-
     宿泊費: 7,700-
     合  計:31,310-
移 動、往  路:米原−塩尻:普通電車、塩尻−甲府:急行電車
          甲府−広河原登山口:タクシー
     復  路:広河原登山口−甲府:バス
          甲府−名古屋:特急電車
          名古屋−米原:普通電車
北岳山頂からの富士山
北岳の日の出
目の前に突然現れる富士山:みんなが感激の声を上げる
雪渓と山容に感嘆:難行のはじまりとも知らないで
 歩き始めて3時間。足が重たく感じられ、あえぎながら雪渓を登る。雪解け水が清らかな音を出し登山者を誘っている。「冷たい!」これぞまさしく『南アルプスの水』と小騒ぎ、のどを潤し元気の元を注入する。雪渓を過ぎると八本歯のコルの取り付きだ。もう4時間が経過している。(並みの山だともう頂上で風景を楽しんでいる頃なのだが)足の運びが乱れてきた。振り返れば雪渓の取り付きがはるかかなたに見え、多くのパーティーが登ってくる。
これが有名な北岳バットレス
雪渓