山悠遊-大分/耶馬渓
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青の洞門の南口
僧禅海が享保20年(1735)から宝歴13年(1763)にわたる29年の歳月をかけて掘った洞門は、削道の長さ342m、内洞門の延長が144m。岩は火山灰や火山れきから作られた耶馬渓層の凝灰角礫(れき)岩で、比較的軟らかいそうですが、ノミやツチだけで完成させたといわれますから想像以上の困難があったと思われます。工事の進んだ寛政3年(1750)には、人馬が通行するとき、人は4文、牛馬は8文の通行料をとったと伝えられています(現在は無料)。有料道路の始まりとされています。その後、度々の改修で現在は大型バスも通れるほど大幅に拡幅されていますが、 当時の洞門の一部の壁面や明り窓が保存され、ノミの跡が禅海の労苦を物語っています。
(wikipedia・他、編集)
やばけい ルート 青の洞門駐車場(10:20)〜耶馬渓橋(10:30)
〜競秀峰(11:10/13:30)〜駐車場
〜羅漢寺(13:50/15:00)〜羅漢寺橋(15:10)
耶馬渓
地  域 44:耶馬渓東部/北西N 概要 本耶馬渓の代表的景勝地である青の洞門と競秀峰、そして羅漢寺の景。競秀峰は、山国川に面して成層凝灰岩からなる岩峰群が、約1.5qにわたって屏風を開いたように連なり、これらの峰は下流域から順に、一の峰、二の峰、三の峰、恵比須岩、鬼面岩、妙見岩、梵字窟、殿岩戸、釣鐘岩、不動窟、清水洞、三陣の洞、陣の岩、などと名付けられた奇岩・秀峰が連なります。この山裾には、有名な「青の洞門」が堀られています。岩峰を見上げると白い帯状の層を見せる帯岩があり、鎖渡りや展望所などもあり、競秀峰めぐりのコースが設けられています。青の洞門の北に、石造橋では日本一の長さといわれる耶馬渓橋(通称:オランダ橋)があります。南部には、羅漢山の中腹に位置する羅漢寺があり、岩壁に無数の洞窟があり、山門も本堂もその中に埋め込まれるように建築されている特異な景観が拝観できます。あわせて石造の羅漢寺橋も巡ります。
Mapion 大分県中津市本耶馬渓
標  高
距  離
体力度 ―、☆
山行日 2010.03.25、(雨/曇)
形  態 前後泊、3名
時  間
アクセス 自家用車、13:00
備  考 競秀峰鎖場あり
青の洞門
耶馬渓橋(通称:オランダ橋)
競秀峰
競秀峰の詳細 はこちらから
羅漢寺の詳細 はこちらから
羅漢寺
羅漢寺橋
駐車場近くにある禅海和尚のモニュメント
駐車場近くの小国川河川敷からの洞門

青の洞門
主人の妻と不義をして、主人を打ち果した下男の市九郎(禅海和尚の本名)が過去の罪消滅のため、30年の歳月を費やして掘り、その交通難を除き、巡り会った主人の息子を感激させ仇打ちの請願を解消せしめたという伝説のある青の洞門。
競秀峰の裾にくりぬかれた青の洞門は、その経緯を菊池寛が「恩讐の彼方に」で小説化し、 国語の教科書にも載ったことから広く知られる観光名所となっています。※「主殺」は菊池寛の創作といわれています

青の洞門
小国川河川敷からの洞門
・隧道(すいどう・ずいどう:トンネル)は人工的・自然にに掘られた土中建築物で断面積2.0u以上のもの
・洞門(どうもん):ほらあな、うつろな穴
方法の違いは明り取りがあるかないかとの説もあるようですが、これには少し疑問があります・・・・
青の洞門の下流にかかる8連アーチ石橋で、その橋長は116m、アーチ長:12.8m、大正12年(1923)
隧道中間の切れ目
隧道中間からの小国川上流
競秀峰
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禅海和尚が彫った時代の洞門
洞門の中間部分、明り取りの開口があります
洞門の北の入口(洞門内部から)
洞門北の入口、隧道の横につながっています
隧道の北口、青の洞門の石碑が立っています
疑問のエピソード 洞門完成後、近くに庵を構えた禅海は、有料道路で得た収入で身の回りの世話をしてくれる人と、何不自由なく暮らしたとか・・・・
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隧道南口

洞門の明り取り
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隧道の北口
青の洞門の対岸からの様子
上流右岸から
橋の右岸袂から
下流右岸から
橋の右岸袂から
上流右岸の道路からの橋全景
橋右岸詰めからの通路部分
橋右岸の標柱「やばけいばし」
耶馬渓橋上流の橋から小国川上流を見る
日本で唯一の8連石造アーチ橋で、日本最長の石造アーチ橋でもある。日本百名橋。地元では「オランダ橋」という愛称で呼ばれるが、長崎県の石橋に多い水平な石積みを採用しているためとされる。(wikipedia)
競秀峰の展望所のひとつである「陣の岩」からの北側展望
 
青の洞門
耶馬渓橋
(オランダ橋)
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釣鐘岩
洞窟内から羅漢寺本堂、中央部の洞窟外縁には雨水が落ちています、水量が多いときは滝だとか

小国川の青の洞門の上流にかかる石造の3連のアーチ橋、橋長89m、橋幅:4.9m、アーチ長:26.25m
右岸の袂の標柱「羅漢寺橋」
橋右岸詰めからの通路部分
上流右岸から
羅漢寺橋から小国川下流を見る
大正9年(1920、)建設当初、日本全国の羅漢寺の総本山とされる羅漢寺への参道に位置していた橋です。
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隧道切れ目
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隧道切れ目