三輪窯窯元の屋敷 (※写真では曲がっていますが実際はまっすぐです)
三輪窯
三輪休雪(みわ きゅうせつ)とは山口県萩市の萩焼窯元・三輪窯の当主が代々襲名している陶芸作家としての名跡である。単に休雪(きゅうせつ)とのみ呼ばれることもある。当代は第12代。三輪窯は江戸時代寛文年間に起こったと言われ、代々坂高麗左衛門の坂窯と共に萩藩の御用窯を務めていた由緒ある窯元である。10代・11代は国の重要無形文化財保持者(人間国宝)に指定。
                          (wikipedia)
三門
総門
本堂
本堂前
霊廟入口
開版(かいぱん):木魚の原形
玉木文之進旧宅
吉田松陰の叔父、松陰の教育に影響を与える
伊藤博文旧宅
松下村塾
松下村塾の内部
東萩・旧松本村
蔦がからまる築地塀
白壁が朽ちた築地塀
高杉晋作誕生の地
木戸孝允誕生の地
菊屋家住宅:表通り
菊屋家住宅:側道面
萩城下町
石碑の亀の礎石
奇数代藩主の墓
霊廟
霊廟
東光寺
高杉晋作の墓
吉田松陰の墓
松陰神社
吉田松陰幽囚の旧宅(松陰の父の旧宅)
天守台、後ろの山は指月山、右側の石垣は武者走り
↑御衣黄の桜
街並みに合わせた築地塀
萩の城下町は、電線が隠され、新しい塀も往時の
雰囲気を残す町並み保存が意識されています
旧厚狭(あさ)毛利家萩屋敷長屋:敷地面
旧厚狭(あさ)毛利家萩屋敷長屋:表通り面
毛利氏の居城:萩城(別名:指月城)の本丸門を正面にして
裏通りには電線が見えます
萩城下の雰囲気を醸し出す築地塀、夏みかんが印象的
腰石積築地塀
生垣
天守台を南西側から眺める
武者走り、内堀にかかる橋は本丸門に至る
山悠遊-山口/萩
歩ッ歩ッ歩:山もゆる、一歩一歩の山あるき
新しい築地塀
山聲-TOP
はぎ-じょうかまち ルート 駐車場(14:00)〜萩城址・萩博物館〜宿(17:00)
宿(09:10)〜松陰神社〜東光寺(12:00/12:30)
〜城下町散策(13:00/16:30)〜駐車場(16:40)
萩-城下町
地  域 35:萩/北西NE 概要 萩市は江戸時代に毛利氏が長州藩の本拠地となった都市として知られています。幕末から戦前にかけて、政財界に影響を及ぼす多くの人を輩出しています。古くは大内氏の家臣であった吉見氏の領地で、津和野城の出丸が築かれていました。関ヶ原の戦いの後の1608年、毛利輝元が日本海に張り出した指月山の麓に萩城を築城し、藩庁が山口に移されるまでの約260年間、長州藩の36万石の城下町として発展しました。萩市の東部にある東光寺は毛利氏の菩提寺とされ、毛利家廟所があります。廟所は灯篭が立ち並び、奇数代の藩主の墓所とそれぞれの夫人や近親者の墓があります。なお、偶数代の藩主は、萩市の大照院に廟所があります。幕末には、吉田松陰が私塾の松下村塾で多くの人材を育成し、明治維新の指導者を出しています。また萩焼は、古くから「一楽二萩三唐津」と謳われるほど、茶人好みの器を焼いてきたことで知られ、鬼萩、七化け、貫入、琵琶、井戸、割高台などの特徴があります。
Mapion 山口県萩市
標  高 50m/0m=50m
距  離 約1.5+3.0+3.0=7.5km、
斜度:max6゜
体力度 4+13=17P、☆+☆=☆
山行日 2011.04.18-19、(晴-雨)
形  態 前後泊自、3名
時  間 所要03:00+07:30
歩行03:00+06:30
アクセス 自家用車、09:00
備  考 特に難所なし