池田家系図 はこちらから
山悠遊-備前岡山
歩ッ歩ッ歩:山もゆる、一歩一歩の山あるき
おかやまじょう ルート P(11:00)〜岡山城(11:20/12:10)
                    〜P(12:30)
岡山城
地  域 33:岡山北部/南西SW 概要 岡山城は、南北朝時代の正平年間(1346-1369年)に、名和氏の一族上神高直が石山台(岡山)に城を築いたのが最初と伝えられています。戦国時代に、宇喜多氏が本拠として城郭の基礎が生まれ、その後小早川氏、池田氏により整備、拡張が行われました。城の縄張は基本的には梯郭式で、三段の城郭配置が西側の一方だけに広がる平山城です。本丸の北から東には郭の無い、非常に防備が薄い縄張であるため、旭川の流路を変更し、天然の堀として東側の備えに利用したとされます。 天守は4重6階の複合式望楼型で、安土城天主を模したものではないかと言われていますが、羽柴秀吉による大坂城天守を模しているという説もあるようです。その外観は黒漆塗の下見板が特徴的で、この印象から「烏城(うじょう)」とも呼ばれています。関ヶ原の合戦後、池田氏が入封し、明治まで続き、その後も存城。別名は烏城(うじょう)、金烏城(きんうじょう)
Mapion 岡山県岡山市北区
標  高 10m/10m=0m
距  離 約―km、斜度:max―゜
体力度 ―P、Θ
山行日 2014.04.07、(晴)
形  態 前泊、2名
時  間 所要01:30/歩行01:00
アクセス 自家用車、04:00
備  考 特に問題なし
 
五七桐
    ↑
旗紋:児文字
  ↑
家紋:剣方喰
   ↑
岡山市市章
北側からの天守と廊下門
後楽園からの天守望遠
本段御殿からの天守(南正面)
不明門(あかずのもん)
渡り櫓門で平素の出入りは北端の渡り廊下を使用し閉ざしていたことからこの名がついた、RC造
旭川にかかる人道橋:月見橋、なにか違和感を感じるのはなぜ・・・・
開城400年を記念して建てられた宇喜多氏顕彰之碑
植え込み内に宇喜多氏の顕彰之碑があります
不明門門紀行 はこちらから
不明門を額縁にして、本段御殿に入る階段
廊下門門紀行 はこちらから
天守を仰ぎ見る、外壁の下見板が黒く塗られているので烏城(うじょう)
後楽園駐車場の桜
天守北側通路からの廊下門
天守からの南側展望
天守からの北側展望、後楽園
天守入口、RC造、入場料¥300-(平時)、¥800-(特別展)、シニア割引なし
表書院からの天守
多門櫓石垣
多門櫓跡
発掘された石垣
月見櫓
廊下門背面
廊下門:表書院(中段)から本段(上段)に渡した長廊下の下手に設けられた門、RC造
旭川にかかる人道橋からの岡山城
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