山悠遊-和歌山
歩ッ歩ッ歩:山もゆる、一歩一歩の山あるき
本坊客殿、1863年再建
こうやさんこんごうぶじ ルート 金剛峯寺前P(10:00)〜檀上伽藍(10:10/10:40)
〜奥の院(11:25/13:00)〜金剛峯寺(13:25/13:45)
〜大門(13:55/14:10)〜大門P(14:10)
高野山金剛峯寺
地  域 30:高野山/北東SW 概要 金剛峯寺は、高野山真言宗総本山の寺院です。高野山は、和歌山県北部、周囲を1,000m級の山々に囲まれた標高約800mの平坦地に位置しています。100ヶ寺以上の寺院が密集する、日本では他に例を見ない宗教都市です。京都の東寺と共に、真言宗の宗祖である空海(弘法大師)が宗教活動の拠点とした寺であり、真言密教の聖地です。また、弘法大師信仰の山として、21世紀の今日も多くの参詣者を集めています。2004年7月、ユネスコの世界遺産「紀伊山地の霊場と参詣道」の一部として登録されました。「金剛峯寺」という寺号は、明治期以降は1つの寺院の名称になっています。しかし金剛峯寺の山号が高野山であることからも分かるように、元来は真言宗の総本山としての高野山全体と同義でありました。今回の訪問は、四国八十八ヶ所霊場巡礼の結願まいりです。重要な施設があまりにも多く、時間内に回りきれません。今回はその一部です。
Mapion 和歌山県高野町
標  高 790m/800m=10m
距  離 約2.0km、斜度:max―゜
体力度 ―P、Θ
山行日 201209.12、(晴)
形  態 日帰り、2名
時  間 所要04:10/歩行02:40
アクセス 自家用車、04:00
備  考 特に問題なし
金剛峯寺
壇上伽藍の東北方にある。1869年(明治2年)、いずれも豊臣秀吉ゆかりの寺院である青巖寺と興山寺を合併し、金剛峯寺と改称しました。青巖寺(剃髪寺)は秀吉が亡母の菩提のために建立したもので、豊臣秀次が自刃した場所としても知られています。金剛峯寺の主殿は江戸末期文久3年(1863年)に再建された、東西 54 m 南北 63 m の書院造建築です。「金剛峯寺」の寺号は空海が名付けたもので、元来は高野山全体を指す名称でありましたが、明治期以降は、高野山真言宗の管長が住むこの総本山寺院のことを「金剛峯寺」と称しています。
奥の院
寺院群の東端にある一の橋から二の橋を経て御廟橋まで、約2キロにわたる参道沿いに無数の石塔が立ち並んでいます。御廟橋を渡ると空海入定(にゅうじょう)の地とされる奥の院です。一番奥には空海が今も瞑想されている御廟があり、その手前には信者が供えた無数の灯明がゆらめく燈篭堂があります。空海は62歳の時、座禅を組み、手には大日如来の印を組んだまま永遠の悟りの世界に入り、今も高野山奥の院で生きていると信じている人もいるそうです。「死去」「入寂」「寂滅」などといわず「入定」というのはそのためです。
厄除大師、護摩堂
納経所
芭蕉句碑
大津城籠城戦死者追弔墓
参道入口
参道
参道
豊臣家供養塔、国指定史跡
表門、四脚門
大塔(多宝塔)、1937年再建、鉄骨造
西塔、重要文化財、1834年再建
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不動堂、国宝、1197年建立
御影堂、1847年再建
准胝堂、1883年再建
孔雀堂、1982年再建
中門素屋根、現在工事中、2014年再建予定
東塔(多宝塔)、1984年再建
←東入口
大門
高野山の入口にそびえ、一山の総門である大門。開創当時は現在の地より少し下った九十九折(つづらおり)谷に鳥居を建て、それを総門としていたそうです。山火事や落雷等で焼失し、現在の建物は1705年に再建されました。五間三戸の二重門で、高さは25.1メートルあります。左右には運長作の金剛力士像が安置されています。正面には「日々の影向(ようごう)を闕(かか)さずして、処々の遺跡を檢知す」という聯(れん)が掲げられています。この聯は、「お大師さまは毎日御廟から姿を現され、所々を巡ってはわたしたちをお救いくださっている」という意味であり、同行二人信仰を表しています。
肥前島原松平家墓所
弘法大師御廟(望遠)
御廟の橋、石板の数は36枚
       (裏に梵字が刻まれている)
御廟の橋
これより先撮影禁止、脱帽、飲食禁止
参道
「父母のしきりにこひし雉子の声」(笈の小文)。
加賀前田家前田利長墓
法然上人廟所
苔むした供養塔
結城秀康(家康次男)石廟、重要文化財
金堂、1932年再建、鉄筋コンクリート造
表門背面
経蔵
客殿左側面
客殿玄関右側面
小玄関唐破風
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本坊客殿唐破風、烏飛び(天水桶)
客殿玄関妻彫刻
参道入口
大会堂(だいえどう.、1848年再建)
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鐘楼
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愛染堂、1848年再建
三昧堂、1816年再建
檀上伽藍
「壇場伽藍」とも書く。弘法大師・空海が曼荼羅の思想に基づいて創建した密教伽藍の総称であり、高野山の二大聖地の一つです(ほかの一つは奥の院)。山内の西寄り、金堂、根本大塔、西塔、御影堂などの立ち並ぶ一画で、総本山金剛峯寺が管理しています。ここは、空海が在世中に堂宇を営んだところで、現在の諸堂塔は大部分が江戸時代後期から昭和時代の再建ですが、真言密教の道場としての高野山の中核となる部分です。
東門背面
東門と鐘楼
参道入口
参道
参道
御供所四脚門
(工事中)
檀上伽藍東入口
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大門:5間3戸、二重門、重要文化財
鐘楼
鐘楼と表門背面
金剛峯寺
檀上伽藍
大 門
本坊客殿玄関
本坊客殿
檀上伽藍 伽藍配置図
奥の院
金堂側面
山聲-TOP
撮影日:2012.09.12

01 ヒツジグサ
02 ヒツジグサ
03 ヒツジグサ
高野山金剛峯寺にて
 (和歌山県高野町)
山里の彩り:3枚