山悠遊-京都洛外
歩ッ歩ッ歩:山もゆる、一歩一歩の山あるき
天王殿 - 寛文8年(1668)の建立。一重入母屋造。本堂の手前にこのような堂を置くのは中国式の伽藍配置で、日本では珍しいものです。内部には弥勒菩薩の化身とされる布袋像を安置しています。この像は日本で著名な半跏思惟形の弥勒菩薩像とは全く異なり、太鼓腹の布袋像として表されています。他に堂内左右に四天王像、布袋像の背後に韋駄天像を安置する。これらの像は来日していた明の仏師・范道生の作で、いずれも中国風の様式で造られています。
まんぷくじ ルート P(12:50)〜萬福寺(12:55/14:10)〜P(14:15)
萬福寺
地  域 26:宇治/北西NE 概要 萬福寺は、黄檗宗大本山の寺院。山号は黄檗山、開山は隠元隆g、本尊は釈迦如来です。日本の近世以前の仏教各派の中では最も遅れて開宗した黄檗宗の中心寺院で、中国・明出身の僧隠元を開山に請じて建てられました。建物や仏像の様式、儀式作法から精進料理に至るまで中国風で、日本の一般的な仏教寺院とは異なった景観を有しています。建物は日本の一般的な寺院建築とは異なり、中国の明時代末期頃の様式で造られ、材料も南方産のチーク材が使われています。「卍字くずし」のデザインによる高欄、「黄檗天井」と呼ばれるアーチ形の天井、円形の窓、扉に彫られた「桃符」と呼ばれる桃の実形の飾りなど、障子の桟が内側に向いているなど、日本の他の寺院ではあまり見かけないデザインや技法が多用されています。山門を入ると日本の風景と少し違う感じが漂い少なからずカルチャーショックがおこるかもしれません・・・・
Mapion 京都府宇治市五ヶ庄
標  高 50m/30m=20m
距  離 約―km、斜度:max―゜
体力度 ―P、Θ
山行日 2012.09.23、(雨/晴)
形  態 日帰り、1名
時  間 所要01:25/歩行01:00
アクセス 自家用車、01:00
備  考 特に問題なし
売茶堂窟門(竜宮門)
十八羅漢のうち中央は羅ご(目+侯)羅(らごら)尊者
三門の太鼓型の礎盤
塔頭天眞院山門
塔頭萬寿院山門
通玄門―松隠堂の山門として建ちます。寛文5年(1665)建立。四脚門、三間一戸。
桁行4間×梁間3間。
一重切妻屋根本瓦葺。
柱が棟まで延びている中国風の構造です。
松隠堂 - 三門をくぐった参道の左側(北側)の一郭。開山堂、舎利殿、客殿などの建物が建つ。隠元が2世の木庵に住職を譲った後の隠居所として居住したところです。寛文3年(1663)、隠元に帰依するある夫人から屋敷を寄付され、萬福寺に移築して「松隠堂」と称したことに始まります。隠元の死後は開山塔院(墓所)となっています。松隠堂は、元は萬福寺とは独立した宗教法人でしたが、昭和34年(1959)に宗教法人萬福寺と合併しました。
寿蔵(重文)、寿塔・真空塔とも呼ばれます
禅堂 - 斎堂と対称位置に建つ。坐禅の修行を行なう道場である。内部中央には、隠元禅師が母からの手紙を張り込めて作らせたと伝えられる白衣観音像が安置しています。中央に見える「選佛場」の額は、隠元禅師の筆によるもの。木庵禅師の筆による聯額も、重要文化財となっています。また堂内の柱のうち一本だけ、何故か逆柱で、「黄檗七不思議」のひとつに数えられています。
禅堂(重文)
法堂向拝正面
法堂右正面
法堂 - 寛文2年(1662年)の建立。一重入母屋造。内部には須弥壇のみで、上堂や 住持の晋山式などに使われます。卍の文字をデザインした勾欄(こうらん・ 前面のてすりのような物)、円窓が印象的です。
法堂(はっとう)(重文)
左:大雄宝殿、右法堂
大雄宝殿背面
須弥壇
大雄宝殿-寛文8年(1668年)の建立。日本の一般的な寺院の「本堂」「仏殿」にあたる建物です。入母屋造。2階建てに見えますが一重裳階(もこし)付きです。本尊釈迦三尊像(脇侍は阿難と迦葉)、十八羅漢像を安置する。建物の前には白砂を敷いた「月台」があります。
韋駄天立像
弥勒菩薩(布袋)坐像
天王殿(重文)
総門 - 寛文元年(1661)の建立。瓦屋根の中央部分を高く、左右の部分を低く、段差を設けているのは中国風で、日本の一般的な社寺建築には見かけない形式です。屋根上左右に乗る魚のようなものは鯱ではなく、摩伽羅という想像上の生物でヒレの代わりに足が生えています。マカラはサンスクリット及びパーリ語でワニを表す言葉で、東南アジアでは仏教寺院の入口などに用いられています。
石條
石條―境内を縦横に走っている参道は、正方形の平石を菱形に敷き、両側を石條で挟んだ特殊な形式であり、龍の背の鱗をモチーフ化したものです。中国では龍文は天子・皇帝の位を表し、黄檗山では大力量の禅僧を龍象にたとえるので、菱形の石の上に立てるのは住持のみです。
通玄門(つうげんもん)(重文)
卍型の勾欄
松隠堂(重文)
開山堂(重文)
合山鐘(がっさんしょう)
鼓楼、祖師堂、禅堂が建ち並ぶ
禅堂
「止静」の掛札
禅堂向拝正面
法堂左正面
法堂扁額「獅子吼(ししく)」
卍(まんじ)くずしの勾欄
円窓、障子の外格子、勾欄が特徴的です
廂の蛇腹天井
大雄宝殿堂内
大雄宝殿廂
月台(げったい)
大雄宝殿
大雄宝殿(だいおうほうでん)(重文)
開ぱん(木+邦)(かいぱん)
雲版(うんぱん)
伽藍堂
伽藍堂
鐘楼(重文)
聯燈堂
回廊
広目天(西方)
増長天(南方)
持国天(東方)
多聞天(北方)
三門 - 延宝6年(1678)の建立。三間三戸二重門です。「三間三戸」は門の正面柱間が3間で、3間すべてが通路になっているものを指します。
(日本の禅宗寺院の三門は、一般的には「五間三戸」です)
総門(重文)
巡照板
三門(重文)
放生池(ほうじょういけ)からの三門遠景
総門から三門の甍
堂宇の礎盤
月台―月の象徴であるこの場所の中央に四角い石があります。罰跪香頂石(ばっきこうちょうせき)といいます。規律に反した人が、ここで懺悔をするそうです。
三門左側の窟門「白雲関(はくうんかん)」
三門右側の窟門「通霄路(つうしょうろ)」
菊舎句碑
「山門を 出れば日本ぞ 茶摘み歌」
禁牌石(きんばいせき)
「不許葷酒入山門」
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