きょうとごしょ ルート ----
京都御所
地  域 26:京都東北部/南西W 概要 大内裏は、天皇のお住まいである内裏(皇居)を中心として、その周囲に政務や儀式を行う朝堂院、諸官庁などを配置されていました。794年(延暦13年)、桓武天皇が遷都された平安京において、大内裏は京の北端中央に位置していました。内裏が火災にあった際などには、天皇は貴族などの邸宅を仮皇居とされました。これを里内裏とよばれます。平安時代の終わり頃になると、再三の火災や相次ぐ戦乱のため、元の内裏は使用されなくなり、里内裏が日常の皇居とされるようになりました。現在の京都御所は、土御門東洞院殿(つちみかどひがしのとういんどの)と言われた里内裏の一つです。現在の建物の殆どは、1855年(安政2年)に再建されたものです。築地塀で囲われた京都御所の広さは、東西約240m、南北約460m、敷地面積は約11万uです。なお、京都御苑や迎賓館などを含めると、東西約720m、南北約1420m、敷地面積は約100万uという広大さです。
Mapion 京都市上京区
標  高 55m/46m=9m
距  離 約3.0km
体力度 7P、Θ
山行日 2006.04.09、(晴)
形  態 日帰り、2名
時  間 所要--/歩行--
アクセス 公共交通、01:20
備  考 --
4月4日から9日まで、春の一般公開が行われました。好天に誘われ、最終日に拝観に行ってまいりました。大変な人出でした。
京都御所 アルバム(60枚 一部重複)は
         こちらからどうぞ
建礼門のある南側築地塀で、東西約240m
左大文字がはるかに見えます
築地塀の西側です、白いのが拝観受付です
拝観入口の宣秋門
京都御苑の案内図(宮内庁)

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京都御所
建礼門
諸大夫の間(しょだいふのま)のある建物
正式に参内した者の控えの間
新御車寄(しんみくるまよせ)
大正以降、両陛下の玄関
紫宸殿を囲む廻廊の南側にある承明門の扉越に南庭みる
京都御所案内図(宮内庁)
紫宸殿
紫宸殿の階(きざはし)
その直上には額がかかり
御簾が垂れ下がる
その奥には内部が僅かに見えます
紫宸殿(ししんでん)
重要な儀式を執り行う
格式の高い正殿
右側にあるのが「左近の桜」
左に「右近の橘」
 ↑建礼門
清涼殿(せいりょうでん)
平安時代
天皇が日常の生活の場としてご使用された御殿

左の建物は紫宸殿の裏側(北)です
小御所(こごしょ)
儀式や将軍や諸侯などと
対面される場所などに利用
1954年焼失、1958年に復元
御池庭(おいけにわ)
小御所と御学問所の前にある
庭園で州浜になっています
回遊式庭園
御学問所(おがくもんじょ)
学問だけでなく
和歌の会などにも使用される
広場になっている所は

蹴鞠の庭(けまりのにわ)
小御所との間にあります
御常御殿(おつねごてん)
室町時代以降
天皇が日常の住まいとしてご使用された御殿

廂(ひさし)には板戸があり
蹴鞠や曲水の宴などの絵が描かれています
御内庭(ごないてい)
御常御殿にある庭園で
曲折した造り水を流すなど
趣向をこらした庭となっています
御所内には桜も多数
枝垂桜が多くあるように感じました
御所を囲む築地塀(西側)
この築地塀は南北に460m

手前の門は皇后門で
西側の最北に位置しています

砂利撒きの路で
足がとても疲れました
そしてホコリが舞い上がり
環境がいいとはいえません
※施設の説明文は
宮内庁京都事務所発行の
京都御所一般公開のパンフレットから
一部使用し、抜粋編集いたしました
京都御苑
江戸城本丸/皇 居
東京ドーム/後楽園
元離宮二条城
各施設 敷地比較
京都御苑、皇居、二条城、東京ドームを同縮尺で比較をして見ました
都市の規模を考えたとき
当時の大内裏は(現在の京都御所は当時の里内裏)
いかに広い敷地であったかが想像できます
山聲-TOP
山悠遊-京都市
歩ッ歩ッ歩:山もゆる、一歩一歩の山あるき