山悠遊-京都丹後
歩ッ歩ッ歩:山もゆる、一歩一歩の山あるき
なりあいじ ルート リフト傘松駅(14:30)〜成相寺(14:40/15:30)
           〜リフト傘松駅(15:40)
成相寺
地  域 26:宮津/北東NW 概要 成相寺は、真言宗単立寺院。山号は成相山。西国三十三所第28番札所。本尊は聖観世音菩薩で、33年に一度開扉の秘仏。寺伝によれば慶雲元年(704)、真応上人の開基で文武天皇の勅願寺となったとされますが、中世以前の寺史は判然としないそうです。平成19年(2007)、高野山真言宗から独立し、真言宗単立寺院となりました。寺は、天橋立を一望する成相山(569m)の山腹にありますが、創建時は山のさらに上方に位置し、修験の道場となっていました。現在地に移ったのは、山崩れのあった応永7年(1400)以降です。山号は、古くは「世野山」と称しました。本堂は安永3年(1774)の再建。鉄湯船(重文)が本堂手前左側にあり、手水鉢に転用されています。本堂下にある五重塔は、平成10年(1998)に鎌倉様式で再現。山門は300m下にあり、くぐる参拝者はまれ。アクセスは、天橋立からリフト・シャトルバス使用のほか、山岳道路を使って車で直接可能。
Mapion 京都府宮津市成相寺
標  高 320m/270m=50m
距  離 約1.0km、斜度:max―゜
体力度 ―P、Θ
山行日 2014.10.29、(晴)
形  態 日帰り、2名
時  間 所要00:50/歩行00:30
アクセス 自家用車、03:00
備  考 特に問題なし
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鐘楼、階段の中間部部にあります
弁天池から望む五重塔
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五重塔
石輪を手で廻しながら念仏を唱えると、仏の供養になり、石輪を廻すと難が転じるとの民間信仰(六道に輪廻転生する亡者を救う)のある物で、「浄め石」「禊石」「手車石」などとも呼ばれます。
階段降り道
輪廻車、上部空洞に石の円盤があり手で回転
真向の龍、作:左甚五郎
本堂外陣吊燈籠
本堂向拝
正応3年(1290)、鎌倉時代、鋳物師:山河貞清
当山の湯屋にて湯船として使用していたもので、直接入るのではなく、湯釜で沸かした湯を入れ、かかり湯をするために用いられたと思われる。後に薬湯を沸かして怪我や病気の人を治療したとも伝えられています。(成相寺説明板)
鉄湯船(重文)
手水鉢吐水龍
本堂左正面、手前にあるのは鉄湯船
本堂右正面
階段から本堂見上げ
観音堂
この地蔵さんは、唯一願(ひとつねがい)を一言でお願いすれば、どんな事でも必ず叶えて下さると伝えられる、大変あらたかな地蔵さんです。
安楽ポックリの往生も叶えられると伝承されています。約630年前に創られた大変古いお地蔵さんです。           (成相寺説明板)
階段は山寺にはつきものと思えど・・・・
一願一言の地蔵さん
「撞かずの鐘」
慶長14年(1609)、山主賢長は、古い梵鐘にかえ新しい鐘を鋳造するため、近郷近在に浄財を求める喜捨を募った。一回、二回と鋳造に失敗し、三回目の寄進を募った時、裕福そうな女房が「子供はたくさんおるがお寺へ寄附するお金はない」と険しい目の色で断った。
やがて鐘鋳造の日、大勢の人の中に例の女房も乳飲み子を抱いて見物していた。そして銅湯となったルツボの中に誤って乳飲み子を落としてしまった。この様な悲劇を秘めて出来上がった鐘を撞くと、山々に美しい音色を響かせていた。しかし、耳をすますと子供の泣き声、母親を呼ぶ声、聴いている人々はあまりの哀れさに子供の成仏を願って、一切この鐘を撞くことをやめ、撞かずの鐘となった。                                           (成相寺説明板)
鐘楼:撞かずの鐘
階段参道
色づき始めた境内
楓の間からのぞく五重塔
この池には次のような伝説があります
昔この池には大蛇が住んでおり、寺の小僧を飲み込んでいたため
和尚は火薬を仕込んだわら人形を飲ませて退治したという
まさに明鏡止水のごとき弁天池
弁財天祠
弁天池
紅葉はじまり、シャトルバスはここまで入ってくる
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樹間からの天橋立展望
参道(山道)、回路として車道あり
阿形仁王像
吽形仁王像
西日に浮かぶ五重塔
下馬
平成10年(1998)、開基1300年を迎えるにあたり鎌倉様式を再現した木造塔。
平面は方三間、高さは百八尺(約33m)
屋根は銅板本瓦葺
門紀行:八脚門 はこちらから
14:40 成相寺仁王門(山門)
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