山悠遊-静岡中部
歩ッ歩ッ歩:山もゆる、一歩一歩の山あるき
くのうざんとうしょうぐう ルート 民間駐車場(10:40)〜参道(11:10)〜社務所(11:40)
〜境内(11:40/12:40)〜博物館(12:45/13:10)
〜日本平(13:30/14:05)〜梅林(14:25)〜P(14:45)
久能山東照宮
地  域 22:静岡東部/南東S 概要 久能山(標高:216m)は、海底の隆起によって形成され、浸食作用などにより、現在のように孤立した山となりました。推古天皇(592-628年)の頃、久能忠仁が久能寺を建立し、奈良時代の行基を始め、多くの名僧が往来し、隆盛をきわめました。永禄11年(1568)、駿府へ進出した武田信玄は、この山頂に砦を造って久能城としましたが、 武田氏の滅亡とともに徳川家の支配下となりました。家康の死後、その遺骸は遺命によって久能山に葬られ、元和3年(1617)に2代将軍:秀忠によって東照社(現・久能山東照宮)の社殿が、死後わずか1年7か月で造営されました。徳川家康を祀る最初の神社、それが久能山東照宮です。江戸時代には20年に一度、明治時代以降では50年に一度、諸建造物の漆塗り替えが行われており、近年では平成18年(2006)に社殿の塗り替えが完了しました。平成22年(2010)12月に、本殿、石の間、拝殿が国宝に指定されました。
Mapion 静岡県静岡市駿河区
標  高 210m/10m=200m
距  離 約1.5km、斜度:max―゜
体力度 ―P、Θ
山行日 2015.02.12、(晴)
形  態 後泊、2名
時  間 所要04:05/歩行01:00
アクセス 自家用車、03:30
備  考 特に問題なし
↓金のなる木

一の鳥居

参道口から一ノ門を見上げる

参道石段

一ノ門前石段

一ノ門  門詳細はこちら

一ノ門前からの南側パノラマ
太平洋が一望

山下にある石鳥居から数えて1159段。この数字に文字が当てられ「いちいちご苦労さん」と呼ばれます。ロープウェイが開通(昭和32年)するまでは、この石段のみが東照宮への参拝路でした。

門衛所

一ノ門過ぎの石段

勘介井戸:武田の軍師山本勘助による

社務所前からの展望

神門前石畳

神門(楼門、重文)  門詳細はこちら

神門扁額:後水之尾天皇真筆

家康公御手形

厳島神・久能稲荷社:音楽芸能・財運の神様

手水場

神厩(しんきゅう:うまや、重文)

本殿への階段

鼓楼(ころう、重文)

階段の右側に神楽殿

五重塔跡:礎石

唐門見上げ、唐銅燈籠(附重文)

唐門(重文)  門詳細はこちら

神饌所(重文)

火の神(台所の神様)

神庫(重文)

末社日枝神社本殿(旧本地堂、重文)

東門、透かし塀、本殿甍、雨受け水瓶

日枝神社前からの社殿の甍

水瓶に映る本殿の甍

東門(重文) 門詳細はこちら

透かし塀の彫刻

東門南側透かし塀 

東門北側透かし塀

東門側面

東門北側透かし塀内側

東門透かし塀内側吊燈籠

唐門妻側  門詳細はこちら

唐門天井

唐門扉

東照宮社殿(国宝)、拝殿

拝殿妻

拝殿庇裏

拝殿縋破風

拝殿向拝

拝殿吊燈籠(国宝)

中国の故事「司馬温公の瓶割」をモチーフとする拝殿正面の蟇股の彫刻

拝殿扉

拝殿向拝階段

拝殿向拝柱脚飾り金物

向拝階段手摺装飾金物

階段小口装飾金物

階段装飾金物

勾欄手摺装飾金物

渡廊(重文)

本殿

本殿壁蒔絵

本殿壁

本殿壁蟇股

本殿壁装飾

本殿妻

廟門(重文)  門詳細はこちら

廟所参道、左右に立つ武将奉納の石灯籠

金のなる木

廟所灯篭

廟所、西向きに立つ

廟所背面、玉垣(重文)

廟所宝塔(神廟、重文)

廟所参道から社殿・廟門俯瞰

唐門から鳥居・神門を俯瞰

鳥居(附重文)・神門

神門からの参道俯瞰

久能山東照宮博物館

博物館しおりから、洋時計(重文)が展示

博物館前に狛犬

参道の石段俯瞰

参道の石段、大木

参道終点近くから太平洋

一の鳥居

駐車場からの久能山
   
山里の彩り:09枚
撮影日:2015.02.12
久能山東照宮にて
(静岡県静岡市)
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