山悠遊-岐阜養老
歩ッ歩ッ歩:山もゆる、一歩一歩の山あるき
なんぐうたいしゃ ルート
南宮大社
地  域 21:大垣/南西W 概要 南宮山の山麓に鎮座。「国府の南に位置する宮」として「南宮」を名乗るようになったとされています。鉱山を司どる神である金山彦命を祭神としており、全国の鉱山・金属業の総本宮として古くから信仰を集めています。境内には江戸時代の遺構18棟が残っており、国の重要文化財に指定されています。社伝では、崇神天皇の時代に創建されたとされる。慶長5年(1600)、関ヶ原の戦いで焼失し、1642年に徳川家光が再建しました。1868年、神仏分離により神宮寺が分離移転した(現:朝倉山真禅院)。近代社格制度のもとで、「南宮神社」として国幣中社に列し、戦後、「南宮大社」と改称されました。
神宮寺であった朝倉山真禅院は行基(ぎょうき)が創建し、南宮神社(今の南宮大社)の別当寺となったと伝えられています。南宮神社同様、関ケ原合戦の兵火により炎上。家光が再建し、明治初年の神仏分離令によって現在地に移されました。
Mapion 岐阜県垂井町宮代
標  高 50m/50m=0m
距  離 約―km、斜度:max―゜
体力度 ―P、Θ
山行日 2013.03.06、(晴)
形  態 日帰り、1名
時  間 所要―/歩行―
アクセス 自家用車、00:50
備  考 特に問題なし
Mapion 岐阜県垂井町宮代
「唱ふ連(れ)は 佛も我もなかりけれ
      南無阿弥陀仏 南無阿弥陀仏」
                (旧念仏堂歌碑)
三重塔(重文)
鐘楼、梵鐘は重文
朝倉山真禅院
神饌所にかかる奉納額
楼門(重文)
釈迦堂
手水舎
高舞殿(重文)
観音堂(美濃西国第十七番札所)は、現在工事中
空也上人和歌碑
薬師堂
護摩堂
本地堂(重門)
山門石柱、屋根は後でつけられたもの
石輪橋(重文)
南門
神輿蔵にかかる奉納額
高舞殿と楼門背面
回廊越の本殿(重文)
拝殿と左回廊(重文)と高舞殿
拝殿(重文)と右回廊(重文)
高舞殿(重文)と回廊(重文)
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