山悠遊-茨城水戸
歩ッ歩ッ歩:山もゆる、一歩一歩の山あるき
後楽園の次は偕楽園へ・・・・。思いを抱いたのが2014年春。その夏に企画していた羽黒山五重塔が天候不順で企画中止。その代案が栃木・茨城の山旅。思いもかけない訪問でした。入園に先立ち、レストランの不都合で無駄な時間が消費され偕楽園拝観の時間が削られたのは残念
貫通穴
収納籠
西側入口の池泉庭園から駐車場に続く梅桜橋を見る、橋にはエレベーターも付き、弱者にも配慮
これだけの庭園拝観が無料、そして駐車料も無料、さずがです茨城県・・・・、おらが国は有料・・・・
孟宗竹林の中を進む道
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円窓:富士見窓、八畳の間、好文亭の正室
池泉庭園
次郎杉
昭和39年9月の台風20号で倒れました
芝前門を出ると大梅林が開けます
好文亭三階座敷「楽寿楼」からの千波湖・田嶋梅林の眺望:南西側
奥御殿躑躅の間縁側からの西側庭園パノラマ、右は松の間
好文亭二階から一階屋根の重なり、多雪地域では考えられない甍の波
「対古軒」前の西塗縁からの露地、手水、奥に露地門
待合の下地窓
芝前門を潜り好文亭を見返る、亭はここからは左側
芝前門、陰と陽(明と暗)の移り変わりの場面です
仲の門:茅葺扉月の薬胃門形式
好文亭の西側にある
静かな散策路、親子連れが楽しげに・・・・
四阿で、一服のお茶どうどす・・・・
この日は、フランス人の男性と喫茶去
みと-かいらくえん ルート P(14:30)〜偕楽園(14:45)
〜好文亭(15:30/16:15)
〜庭園〜P(16:50)
水戸-偕楽園
地  域 08:水戸/北東SW 概要 梅の公園として有名な偕楽園は、水戸藩第九代藩主徳川斉昭公が、天保13年(1842)、衆と偕(とも)に楽しむという趣旨で造られたもので、兼六園、後楽園とともに、日本三名園として知られています。国の史跡及び名勝(常磐公園)に指定。入園料は無料(好文亭は除く)。偕楽園は、庭園を楽しむという目的の他、藩校弘道館の付属施設の性格も持ち、弘道館が文武修行の場であるのに対して、修行の余暇の休養の場であるとも考えられ、文教政策の一環をなすものでした。当初の広さは1.47kuほどでしたが、平成5年に約3kuの大規模都市公園として整備されました。偕楽園には、本園部分だけで100種3000本の梅が植えられています。園内には梅の異名「好文木」に由来する別荘好文亭があります。名前の由来は、学問に親しむと花が開き、学問をやめると花が開かなかったという中国の故事に基づいています。水戸弘道館は偕楽園と一対の施設です。
Mapion 茨城県水戸市
標  高 30m/20m=10m
距  離 約―km、斜度:max―゜
体力度 ―P、Θ
山行日 2014.09.13、(晴)
形  態 前後泊、3名
時  間 所要02:20/歩行01:20
アクセス 自家用車、09:00
備  考 特に問題なし
「巧詐不如拙誠(こうさせっせいにしかず)」
ケヤキ板に篆書(てんしょ)で彫られている
表門(黒門)遠景:好文亭の表門
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好文亭見取図はこちらから
昭和20年空襲焼失、昭和30年から3年かけて復元
「楽寿楼」からの千波湖・田嶋梅林の眺望:西側
好文亭(こうぶんてい)の塀重門
吐玉泉(とぎょくせん):井筒は真弓山の寒水石
東門:来園者が一番多く出入りがあります
ここに物産館がある、お土産はここで・・・・
みごとな捻じれ
大梅林から好文亭の屋根が浮かんでいます
左手奥からの眺めがいいのですが時間切れ
萩の群植
『好文亭』は、二層三階の木造こけら葺で、一階には御座の間(6畳)、控の間(12畳)、東塗縁広間(18畳)、西塗縁広間(36畳、天井は杉皮の網代張、周囲の杉の板戸には、漢詩を作るのに必要な、四声類別表--平仄(ヒョウソク)--を記し、詩歌の会の便がはかられている。)対古軒(4,5畳)と茶室何陋庵(4,5畳、床柱はツツジの古木)。二階は、納戸風の小部屋のみ、三階の楽寿楼(八畳)は、藩主の御座の間で、床柱は薩摩藩主島津斉彬から贈られた孟宗竹で、丸窓は軍事訓練に使われた大陣太鼓の胴のけやきの余材で作られています。
扁額:「好文亭」
奥座敷縁側にあります
好文亭1階藩主の間縁から南側庭園を見る、左は東塗縁、右は西塗縁
滑車
東塗縁から奥座敷太鼓廊下外壁
奥御殿梅の間縁側から庭園越しに桜の間を見る
「君子が中にいるのだ、何でむさいことがあろうか」
ということからきています。論語:君子居之何陋之有
※陋(いや)しい
   (せま)い
扁額:可陋庵(かろうあん)
内露地、茶室脇の蓑垣
一の木戸、奥に見えるのは表門(黒門)
扉がないのは人を制するのではなく心構えを促す門
奥御殿は、菊・桃・躑躅・桜・萩・紅葉・松・岳・梅・清の間の和室10室からなります
奥御殿西側庭園
斉昭自筆
  らしい
心静かに銅鑼を待つ
三枚の額が掲げられる
腰掛待合、総体クヌギの丸太造り
茶説:桜の板に隷書文字
茶の作法の要点を説いてある
茶人の交わりは親しき仲にも礼儀、他
茶対:円形の桜板、草書の文字
露地門(茶の湯の庭と日常世界の間におかれる)
今は開かれていないが昔はここを通って待合に至る
扁額:「対古軒(たいこけん)」
太郎杉:樹齢700年といわれる巨木
駅や駐車場から離れているので通る人は少数
表門(黒門):偕楽園の正式な入口
旧来は、敷地の北西側に位置し、黒塗りでした
桜山第三駐車場から梅桜橋を渡り園内へ
好文亭火燈口、奥は藩主の間
配膳室人力昇降機(現在のダムウェーター)
大杉の森、林間の散策路
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偕楽園案内図(現地看板)
楽寿楼から露地門を俯瞰
奥御殿竹の間縁側からの北側庭園パノラマ、左は松の間、右は清の間
露地、左側は座敷、右側に露地門
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扁額:楽寿楼(らくじゅろう)
好文亭東側庭園
      茶室「可陋庵」
躙口(にじりぐち)はなく、貴人口のみ
古田織部が工夫した織部口
床柱は島津斉彬寄贈のつつじの古木
戻りの露地門、軒裏見上げ
奥御殿:手前、好文亭(2層3階):奥
露地の蹲(つくばい)と灯籠
池泉庭園
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