ずいがんじ ルート 瑞巌寺(11:10/12:40)
青龍山瑞巌寺
地  域 22:松島/南東NW 概要 瑞巌寺は、平安時代の天長5年(828年)、慈覚大師円仁によって開創された奥州随一の禅寺で、伊達政宗の菩提寺です。正式名称を松島青龍山瑞巌円福禅寺(しょうとうせいりゅうざん ずいがんえんぷくぜんじ)。天台宗延福寺、臨済宗建長寺派円福寺、現在の臨済宗妙心寺派瑞巌寺と変遷しています。古くは松島寺とも通称されました。初期は、平泉・藤原氏、鎌倉中期は鎌倉幕府が檀越となり、戦国時代に衰退。関が原の戦後、伊達正宗が復興、明治の廃仏毀釈の嵐を乗り越え現在の隆盛にいたります。本堂、御成玄関、庫裡、回廊は国宝に、御成門、中門、太鼓塀は国の重要文化財に指定。総門をくぐると、参道の両側に起立する杉並木にいざなわれ、幽玄で厳粛な雰囲気に引き込まれます。脇参道にある修行僧たちが生活した洞窟群も興味深く、瑞巌寺見学は、松島観光の目玉ともいえるところなので、たっぷりと時間を取りたいものです。
Mapion 宮城県松島町松島
標  高 --m/--m=--m
距  離 約--km、斜度:max--゜
体力度 --P、Θ
山行日 2009.10.14、(晴)
形  態 前後泊、3名
時  間 所要--/歩行--
アクセス 自家用車、10:30
備  考 特に問題なし
山悠遊-石巻/松島
歩ッ歩ッ歩:山もゆる、一歩一歩の山あるき
山聲-TOP
♪松島の瑞巌寺ほどの寺もない・・・・、と謳われている名刹。遠隔地のため、今日まで機会を逸していました。広い境内に、この地域独特の地質による岩窟。往時の隆盛を偲ぶことができました・・・・
国寶瑞巌寺石碑、土産物店が並ぶ表参道
山門;総門、一間一戸袖塀付の薬医門(やくいもん)
慶長14年(1609年)、伊達政宗によって建立されました
山門扁額「桑海禅林(そうかいぜんりん)」
「扶桑と呼ばれる日本の、海辺近くに建つ禅の寺(林)」という意味です
厳粛な気持ちで内参道を進みます、右に脇参道があり鰻塚(大正12年9月建立)・岩窟があります
鰻 塚
脇参道から内参道に戻り、総門を振り返ります
江戸時代には道の左右に13の塔頭が並んでいた
拝観受付、ここまでは自由に散策できます
法身窟(ほっしんくつ):格子のはまった洞窟
鎌倉時代半ばに法身禅師と執権北条時頼が
出会ったといわれております
本堂(国宝)
内部は禅宗方丈様式に武家邸宅の書院を加えた10室間取で、南西端に御成玄関が付属
平成21年9月21日から平成28年3月頃まで
本堂修理工事中のため非公開
本堂前広場
 ↑
登竜門
庫裏(くり:国宝)、禅宗寺院の台所
巨大な大屋根の上にさらに煙出しが載っています
登竜門(とうりゅうもん):ここを突破すれば立身出世ができる関門、中国故事による
脇参道:岩窟にそって延びています
岩窟群遺跡
死者の浄土往生を祈念した岩窟でしょうか、内部の壁面には卒塔婆や仏像、法名を彫った跡が数多く見られます。寺の案内によりますと、ここで修行僧が起居したと伝えられています。現在は、西国三十三箇所めぐりの観音像が安置され、参詣者が手をあわせています。もともと、天台宗であった瑞巌寺において、平安時代中期が始まりだと伝えられています。観音信仰は天台宗や真言宗のものと思いますが、禅宗寺院で護られているのには少し首を傾げたくもあります。でも信仰に理屈は不要・・・・
冠木門(かぶきもん):冠木を渡した屋根のない門
脇潜り戸付高麗門:切妻屋根を持ち控え柱に屋根をかけたもの、薬医門を簡略化した門
高麗門の内側:控え柱に屋根をかけた姿
本堂:只今工事中のため非公開
登竜門内部の廊下からのスケッチ
庫裏西側中庭、奥に見えるのは宝物殿
室内部は撮影禁止のため外部のみスケッチ
岩窟内を物置としているのでしょうか、建具が入っています。天然の空調があるかもしれません
宝華殿への通路は岩をくり抜いたトンネルです
宝華殿への参道
宝華殿(陽徳院(愛姫)御霊屋:みたまや)
特別公開
宝華殿への通路の帰り道
仙台藩主・伊達政宗の正室愛姫の廟所
内部は三方板壁で金箔、極彩色の花が描画
平成18年から3年をかけて創建当初の姿に復元