探訪記-山口防府
歩ッ歩ッ歩:山もゆる、一歩一歩の山あるき
ほねいさん-るりこうじ 概要 瑠璃光寺は、室町時代における大内氏全盛期の大内文化を伝える寺院であり、「西の京・山口」を代表する観光名所です。宗派:曹洞宗、山号:保寧山、本尊:薬師如来。国宝の五重塔を中心として、境内は香山(こうざん)公園と呼ばれ、香山墓所は「毛利家墓所」のうちの一つとして国の史跡に指定されています。国宝五重塔は、屋外にある五重塔としては日本で10番目に古く、京都の醍醐寺・奈良の法隆寺とともに、日本三名塔の一つに数えられることもあります。
保寧山-瑠璃光寺
地  域 35:山口/南東C
Mapion 山口県山口市
山行日 2011.04.21、(晴)
瑠璃光寺、国宝五重塔

室町時代、大内氏25代:大内義弘が現在の場所に香積寺(こうしゃくじ)を創建し、五重塔も嘉吉2年(1442)頃に完成しました。
一方、文明3年(1471)、陶(すえ)弘房の夫人が夫の菩提をとむらうため、山口市仁保高野に創建した寺で、はじめ安養寺といっていましたが、明応元年(1492)に瑠璃光寺と改められました。
時は経て、江戸幕府成立後、本拠地を萩に移した毛利氏は、慶長9年(1604年)に、この地にあった香積寺を萩に引寺したため、元禄3年(1690年)その跡地に、仁保瑠璃光寺を移転しました。
これが現在の瑠璃光寺です。宗派:曹洞宗、山号:保寧山、本尊:薬師如来。防長屈指の大寺で、経文や画像など多くの寺宝が所蔵されています。国宝の五重塔は香積寺の遺構です。                                                   (wikipedia:抜粋編集) 

結界石(禁牌石:きんぱいせき)、石柱門

寺号碑

香山公園案内図(現地案内板)

石柱門から境内を眺める

公園碑と五重塔

池畔に佇む五重塔


中央にカワセミ

カワセミはススキの向こう、カメも日向ぼっこ

中央にカワセミ
五重塔(国宝):各所からの展望
高さ31.2mで屋根は檜皮葺、二層にのみ回縁(まわりえん)がついているのが特徴です。建築様式は和様ですが、回縁勾欄の逆蓮頭や円形須弥壇など一部に禅宗様(唐様)が採り入れられています。 

樹海に浮かぶ五重塔

中門を望む

中門と袖回廊

本堂前

 境内案内図と説明板(現地案内板)

斜め回廊外部

斜め回廊内部

本堂左表面

?(ほう)、魚の形をしているので魚板ともいう

半鐘

扁額「山陽法窟」

本堂向拝柱にすりこぎ?

奉納された大しゃもじ 

大香炉

「吾唯足知」の蹲(つくばい)

佛足石

佛足石説明板(現地案内板)

五重塔、鐘楼屋根

斜め回廊、鐘楼、五重塔

鐘楼

境内
   
   
萩藩毛利家墓所(国指定史跡):香山墓所 

墓所参道 

墓所石柵全景

墓所前石畳

参道は歩くと音がするので「うぐいす張りの石畳」

墓所説明板「現地案内板)

墓所石柵
   
   
露山堂(ろざんどう)
幕末、藩庁が萩から山口に移されたときに政治堂が一露山(いちろざん)山麓にたてられました
そのとき、背後の山の名前をとって、「露山堂」と名付けられた茶室が建てられました
廃藩後は、持ち主も変わり各地に移築され、明治24年にこの地に移されたものです
現在も茶室として利用されています

茶室露地門右背面

露地門背面

露山堂

茶室待合

茶室貴人口

茶室全景

露山堂案内板(現地案内板)

日月の灯篭 

誰が袖の手水鉢

水琴窟

後生車(輪廻車、手車石、禊石、浄め石)) 

手水鉢・水琴窟説明板(現地案内板) 

蹲(たんに造形としておいてあるもの・・・・?)

灯篭

灯篭

庭園池

灯篭火袋彫刻

灯篭火袋彫刻
   
   
枕流亭(ちんりゅうてい)
薩長連合結成の密議のため、薩摩の小松帯刀や西郷隆盛などが山口を訪れた際に、当時道場門前にあった枕流亭で長州方と面会したといわれています。
その後何度か移築され、近年香山公園内に移築されました 

側面

背面

枕流亭案内板(現地案内板)

一階正面入口、二階右側が八畳間

二階八畳間、この部屋で密議がされました

二階丸窓
   
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