おおみぞじょうし | ルート | 大溝城址(13:30/14:00) | |
大溝城址 | |||
地 域 | 25w:勝野/南西NW | 概要 大溝城址は、畑地と沼に囲まれたところに天守台があり、東側に続く沼が琵琶湖と水路でつながり、琵琶湖が目の前に迫っています。天正7年(1579)、織田信澄が高島郡を領し、明智光秀の縄張りによって築城されました。本丸の南東の乙女ヶ池は琵琶湖の内湖で、城堀を内堀とし、乙女ヶ池を外堀とする水城であり、「鴻湖(こうこ)城」とも呼ばれました。 信澄の死後、丹羽長秀・加藤光泰・生駒親正・京極高次が入れ替わり入城しました。 慶長8年(1603)に大溝城は破却され、水口岡山城に部材が転用されていたといわれます。江戸時代に入り、元和5年(1619)、伊勢国上野より分部光信が二万石で入封し大溝藩となりました。大溝藩は城主格ではなかったため、廃城となっていた大溝城の三の丸付近に大溝陣屋を構え、以後代々続いて明治に至ります。 現在は本丸の天守台石垣などが残っています。 | |
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滋賀県高島町勝野 | ||
標 高 | 87m/86m=01m | ||
距 離 | 約―km、斜度:max―° | ||
体力度 | ―P、Θ | ||
山行日 | 2011.07.28、(曇) | ||
形 態 | 日帰り、2名 | ||
時 間 | 所要00:30/歩行00:20 | ||
アクセス | 自家用車、01:20 | ||
備 考 | 特に支障なし |