| くまのじんじゃ |
ルート |
くまのじんじゃ(09:50/10:00) |
| 熊野神社 |
| 地 域 |
25ns:長浜/南西S |
概要 熊野神社は、主祭神:伊邪那岐命(イザナギノミコト)、社格等:村社、創建:天武天皇5年(676)、御神紋:左三ツ巴、本殿の様式:春日造。天武天皇の時代に、息長宿禰の旧蹟地である布施村に、布施君、坂田宿禰等を勧請し六神を祀り、六所神社と称しました。宝亀2年(771)、布施山息長寺成功徳院を創建され、同寺の守護神とされました。六所神社は、近江国に縁故深い六神を祀るによりて、朝廷においても特に尊崇されました。徳治元年(1306)に福田寺と改め、延元4年(1334)、同寺を布施より長沢の地に移転の際、六所神社も遷座され、熊野大権現として崇拝されました。文化8年(1811)、北沢善三等の願により、神田9反歩を添えて長沢1村の産土神とされたが、日撫神社に属し、明治15年(1872)、日撫社氏子から分離し、長沢の総社となりました。明治16年(1873)村社に列せられ、明治41年(1908)神饌幣帛料供進指定となりました。 |
 |
滋賀県近江町長沢 |
| 標 高 |
87m/86m=01m |
| 距 離 |
― |
| 体力度 |
―、Θ |
| 山行日 |
2024.05.22、(晴) |
| 形 態 |
日帰り、1名 |
| 時 間 |
所要01:00/歩行00:05 |
| アクセス |
自家用車、00:15 |
| 備 考 |
特に問題なし |
拝殿前からの参道見返り
稲荷社
稲荷社神額『正一位稲荷大明神』
稲荷社鳥居
収蔵庫
社務所側面
本殿左側面
本殿背面
本殿甍右正面
本殿右正面
本殿左正面
拝殿右背面
参道橋からの境内
手水舎
拝殿左背面
拝殿左正面
拝殿右正面
拝殿正面
吐水龍
参道
鳥居神額『熊野神社』
鳥居、社号碑
熊野神社に隣接する布施山福田寺は、一般に「長沢御坊」の名で親しまれ、本願寺の連枝寺でもあり、京都とのつながりが深い名刹です。江戸時代には、住持の摂専が従兄弟にあたる彦根藩主・井伊直弼(いいなおすけ)の計らいで、摂政関白右大臣二条斎敬(なりゆき)の妹かね子(明治天皇皇太后の従妹)を室に迎えています。同寺の公家奴振りは、この時、夫人に随従してきた供方が伝えたものといわれています。
毎年、春と秋の2回に、当時のままに再現されており、紺のハッピに脚袢、ワラジ履の奴が「ヨーイヤセ、アレワイサノサ」の掛け声とともに練り歩き、風流な姿を見ることができます。京都の時代祭に登場する奴振りは、武家奴振りといわれるもので全国各地に残っていますが、公家奴振りはここだけでしか見られず、古式を伝える貴重な資料として、県の無形民俗文化財に選択されています。
熊野神社でも、大祭の時に奉納されます。
手水場
熊野神社は、長浜市と近江町との境目に近い長沢地区内にあり、町内は道が狭く注意が必要です。朝廷からも深い尊崇がある神社で、室町幕府が発足したころ、現在の長沢の地へ移転され、熊野大権現として崇拝されます。江戸時代初期頃には、名前が熊野神社に改められていたようです。明治時代、長沢の地を守る産土神となりました。伊邪那岐命(イザナギノミコト)は、創造神、結婚の神として知られ、縁結び、安産・子育て、商売繁盛、厄除けのご利益があります。
収蔵庫
社務所正面
本殿甍右側面
旅悠遊-滋賀湖北南
歩ッ歩ッ歩:山もゆる、一歩一歩の山あるき