書院玄関
庫裏
庫裏正面
庫裏背面
庫裏左背面
庫裏前境内
ふせざんふくでんじ ルート 布施山福田寺(09:10/10:10)
布施山福田寺
地  域 25ns:長浜/南西S 概要 福田寺は、宗派:浄土真宗本願寺派、山号:布施山、本尊:阿弥陀如来、創建年:天武天皇12年(683)、別称:長沢御坊。創建当初、息長氏の氏寺で息長寺と号し、現在の長浜市布施町にあり「布施寺」と称されていました。当初は法相宗に属し、その後天台宗に転じ、鎌倉時代後期、善顕のとき浄土真宗に改められました。その後、現在地に移転し、一向宗の中心的寺院のひとつとして織田信長に対抗しています。庭園が国指定名勝で、室町時代末期〜江戸時代初期頃の枯山水庭園です。御殿から見下ろすような形の鑑賞式庭園で、上手から中央に築山がありその中央に鋭い枯滝石組があります。庭園をのぞむ書院は戦国武将・浅井長政の居館から移築され「福田寺御殿」の名で滋賀県指定有形文化財、『浅井御殿』とも呼ばれます。現在は、長浜市の『因乗寺』のご住職が代務され、因乗寺へFAXによる事前予約で庭園拝観が可能です。
Mapion 滋賀県近江町長沢
標  高 87m/86m=01m
距  離
体力度 ―、Θ
山行日 2024.05.22、(晴)
形  態 日帰り、1名
時  間 所要01:00/歩行00:10
アクセス 自家用車、00:15
備  考 特に問題なし
殉教万人塚
浅井長政の居館から移築され「福田寺御殿」の名で滋賀県指定有形文化財、『浅井御殿』とも
書院玄関
「孔雀宝舊迹」の石碑
庭園、※背面から
長屋門正面
長屋門背面
庭園は、書院の前庭として築かれていて、砂敷きの枯池を中心とした枯池式枯山水の様式をとっています。枯池の南部と西部に築山を、東部には出島を設けて、それぞれ石組を施しています。豪壮な手法の枯滝石組。頂部を三尊手法とし、下部には水分石を配置しています。西部築山の石組。立石を中心に、傾斜をもたせた亀頭風の石も見られます。国の名勝に指定されています。春・秋のみ拝観可能ですが、事前に電話・FAX確認が必要です。
本堂左側面、右奥に山門
本堂右正面
本堂向拝
本堂正面
吐水龍
山門背面、収蔵庫右側面
手水舎
収蔵庫正面
収蔵庫左正面
鼓楼左側面
鼓楼背面
山門、※写真クリックで山門詳細表示
「福田寺」案内板、※写真クリックで拡大
門前広場、合成(7枚パノラマ)
本堂前遊松
江戸時代末期には、大老・井伊直弼の従兄弟である三乗院摂専連枝が住職をつとめ、その縁で摂政関白右大臣・二条斎敬の妹・かね子姫(明治天皇皇太后の従妹)を後室に迎えられました。その際の仲人が井伊直弼。その時に伝えられた『公家奴振り』は毎年春・秋に当時のままに再現され、滋賀県の無形民俗文化財となっています。
元亀・天正の法難(織田信長との戦い)には、住職覚芸は、福田寺門徒四千五百余人と湖国十ケ寺の総統領として、愛山護法戦いを繰り広げられました。境内にある「殉教万人塚」は当時の遺徳を偲んだものです。
長屋門・山門右正面遠景、築地塀
本堂前遊松
本堂前遊松
手水場
鐘楼左正面
鼓楼側面・鐘楼側面
鼓楼左正面
本堂前遊松
本堂右正面
本堂左正面
孔雀宝舊迹
庭園、※背面から
殉教万人塚
庭園、※背面から
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