ひなでじんじゃ ルート 日撫神社(09:30/10:20)
日撫神社
地  域 25ns:長浜/南西SE 概要 日撫神社は、主祭神:少彦名命(すくなひこなのみこと)・息長宿禰王(おきながすくねおう)・應神天皇、創建年:不詳、社格:県社・式内社、本殿の様式:三間社流造。日撫神社は、米原市の旧近江町エリアの日撫山に鎮座する神社です。参道が約300m続く山の中にある神社で、秋には紅葉と竹林の調和で、とても綺麗な景色を見る事ができます。延喜式内坂田五社のひとつ。神功皇后戦勝祈願復員の時に、お礼として建立したと伝えられ、そのため歴代天皇の厚い崇拝がありました。社宝も多く有し、地下から発掘されたといわれる四神四仏(ししんしぶつ)が彫刻された銅鏡があり、ほかに小野道風(おののとうふう)自筆の下乗札や、鎌倉時代に作られた梵鐘などがあります。また、鎌倉後期・承久の乱直前に後鳥羽上皇が訪れ、里人の相撲を観覧し黄色の牛を奉納したことから、秋祭りの9月第3月曜日には古式相撲(角力)が行なわれています。
Mapion 滋賀県近江町顔戸
標  高 116m/99m=17m
距  離
体力度 ―、Θ
山行日 2025.09.24、(曇)
形  態 日帰り、1名
時  間 所要00:50/歩行00:30
アクセス 自家用車、00:20
備  考 特に支障なし
二の鳥居背面(帰路)
二の鳥居過ぎ参道(帰路)
旧宮司宅(帰路)
社務所前参道(帰路)
参道(帰路)
日撫山登山口
力競石
神馬
「力競石」案内石
古神札納所
瑞垣右正面、幣殿甍、本殿甍、渡殿
瑞垣左正面、幣殿甍、本殿甍、渡殿
拝殿正面
吐水龍
手水場
手水舎
井戸・井戸上屋
社務所右側面
「下馬石」案内石
社務所前参道
二の鳥居
二の鳥居前広場
高札『定』
神社境内の入り口付近にある川(御手洗川)に架かる反り橋
反り橋の側面
神額『日撫神社』
少彦名命(すくなひこなのみこと)は、日本神話に登場する小さな神で、大国主神(おおくにぬしのかみ)と共に国土を形成し、医学・酒造り・温泉・穀物・交易などの分野で人々を助けたと伝えられています。体が非常に小さかったことに由来する名を持ち、特に薬の神として信仰されており、一寸法師のモデルになったとも言われています。
息長宿禰王(おきなが の すくねおう、生没年不詳)は、記紀に伝わる古代日本の皇族。第9代開化天皇玄孫で、迦邇米雷王の王子。母は丹波之遠津臣の女・高材比売。神功皇后の父王として知られる。気長宿禰王とも。
応神天皇(おうじんてんのう、旧字体:應神天皇、仲哀天皇9年12月14日-394年〈応神天皇41年2月15日)は、第15代天皇。『日本書紀』での名は誉田天皇(ほむたのすめらみこと)。記紀によると渡来人を用いて国家を発展させたとされ、中世以降は軍神八幡神としても信奉された。実在したとすれば4世紀後半?5世紀初頭ごろの天皇(大王)と推定されています。


延喜式式内坂田五社
  山田神社(彦根市宮田町)
  日撫神社(近江町顔戸)
  伊夫伎神社(伊吹町伊吹)
  山津照神社(近江町能登瀬)
  岡神社=(論)坂田神明宮岡神社(外宮)(近江町宇賀野)
        (論)岡神社(山東町間田)
        (論)長岡神社(山東町長岡)
参道口(帰路)、※正面の峰は日撫山西張出峰
参道口(帰路)、※右側の峰は日撫山
拝殿前階段参道俯瞰
「日撫山」案内板、※写真クリックで拡大
倉庫
社殿付属舎
拝殿右正面、瑞垣、幣殿甍、本殿甍、渡殿
瑞垣左正面、幣殿甍、本殿甍、渡殿
拝殿左正面
拝殿左正面
拝殿右正面
「御祭神」案内板
拝殿前階段参道
三の鳥居
「日撫神社 由緒書略記」、※写真クリックで拡大
三の鳥居前参道参道
社務所左側面
下馬石
「日撫山多目的保安林案内図」案内板、※写真クリックで拡大
参道口反り橋、高札、※右奥の峰は日撫山、三角点峰
一の鳥居(見返り)
一の鳥居、社号碑
一の鳥居
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