探訪記-滋賀湖北
歩ッ歩ッ歩:山もゆる、一歩一歩の山あるき
きゅうたくさん-ぜんちょうじ 概要 全長寺はもと全長坊と称し、宗派:浄土宗から曹洞宗に改宗、 山号:久澤山、 本尊:阿弥陀如来、創建:文明元年(1469)、開基:全長、寛永2年(1626)に開山:頤正禅師を迎え、この時寺号を改め、改宗する。 10世泰蟠童龍禅師は、15年の歳月を費し、此の地を開いて七堂伽藍を建立し、寛永2年(1626)この地に移り中興の祖となる。門前の杉の老木は当時のもの。
久澤山-全長寺
地  域 25nn:木之本/北西E
Mapion 滋賀県余呉町池原
山行日 2016.04.16、(晴)
賤ヶ岳の戦いの、古戦場のただなかにあるこの地には、陣地跡が散在しています。中でも、北方にある林谷山の砦跡は、柴田勝家の身代わりとなった毛受勝助兄弟が、数千に及ぶ秀吉軍と壮烈な戦いを繰り返し全員討死した所であり、山麓毛受(めんじゅ)の森には兄弟の墓があります。
全長寺は、古くより毛受兄弟の菩提寺として、また賤ヶ岳合戦に武運拙く此の地に果てた、多くの無名戦士達の霊の供養をされ今日に至っています。観音堂には、馬頭観音菩薩像が安置されています。かつては、別所山(べっしょやま)上にありました天台宗万福寺の本尊でした。その万福寺は、戦国時代の戦火で焼失しています。その後、慶長16年(1611)山麓に再建されましたが、明治に入り寺院の老朽により、本尊馬頭観音像は、全長寺境内観音堂に移され今日に至っています。
 

行市山を背後に本堂の大屋根と老木が印象的

参道入口

駒岩

駒岩の由来 

参道口より境内

全長寺案内板

山門 詳細はこちら

山門からの境内

本堂

本堂軒先見上げ、左に薬師堂

本堂正面軒下

本堂扁額『無量窟』

火頭窓、霊場表札

内玄関扁額『敷下看』

庫裏扁額『齊(斎)堂』
斎堂(さいどう):禅語で食事をする堂の意

観音堂遠景

観音堂正面

観音堂側面

観音堂霊場表札

奉納達磨像

庫裏前からの東側展望、中央下に毛受の森

本堂内玄関前からの山門

路傍の石造、中央奥は毛受の森

東側田園からの全長寺本堂大屋根
   
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