りゅうござんだいちじ ルート 龍護山大池寺(09:40/11:10)
龍護山大池寺
地  域 25k:水口/北西E 概要 大池寺は、宗派:臨済宗妙心寺派、山号:龍護山、本尊:釈迦如来、創建年:天平年間(729-784)、開山:行基、中興年:寛文7年(1667)、中興:丈巌慈航。天平の時代、行基がこの地を訪れた時、農民のために漢字の「心」の字の形の池(灌漑用水)を作り、その中央に法相宗の邯鄲(かんたん)山青蓮寺を建立し、釈迦如来坐像を安置したのが始まりとされています。その後に子院を8ヶ寺持つ七堂伽藍を備える天台宗の寺院となりました。戦火等により一時衰退しましたが、江戸時代の寛永11年(1634)、水口城が築城される際、小堀遠州はそこで作事奉行に任じられていました。遠州は水口城の完成を祝して、当寺に枯山水の蓬莱庭園を作成したといわれます。寛文7年(1667)、京都妙心寺の丈巌慈航禅師が来訪し、寺名を邯鄲山青蓮寺から行基が作った大きな池に因んで龍護山大池寺に改名し、臨済宗妙心寺派の寺院となりました。
Mapion 滋賀県水口町名坂
標  高 185m/183m=02m
距  離
体力度 ―、Θ
山行日 2025.05.20、(晴)
形  態 日帰り、3名
時  間 所要01:30/歩行00:20
アクセス 自家用車、01:30
備  考 特に支障なし
拝観券(表面)
山門見返り
仏母井(井戸側)・中庭
手水鉢
書院への参道
石塔
佛足石堂
弁財天堂
稲荷堂
弁天堂・十三重の石塔・仏足石堂
鐘楼
鐘楼
仏殿(本堂)扁額『大池寺』
仏殿(本堂)向拝正面
仏殿(本堂)右正面
山門背面
山門背面額縁
山門(四脚門)正面
山門正面額縁
「小堀遠州の作 蓬莱庭園案内図」案内板、※写真クリックで拡大
「大池寺の文化財」案内板、※写真クリックで拡大
「小堀遠州」案内板、写真クリックで拡大
「大池寺」案内板、※写真クリックで拡大
十三重の石塔
山門左背面
小堀遠州作庭と伝わる大刈込庭園。庭園の中では岡山県の国指定名勝『頼久寺庭園』にも勝るとも劣らない刈込の造形です。背後の2段の刈込は海の大波小波を、そして中央にある有機的な形をした刈込は“七福神”が宝船(蓬莱船)に乗っている姿を表現。白砂による大海を宝船を進む様が描かれています。6月にはピンク色に染まるサツキ庭園が楽しめる時期ですが、花が終わった後の整った刈込の姿や、秋には背後の山からのモミジの紅葉と緑色の刈込のコントラストが楽しめ、そして冬は刈込に沿って積雪がする姿は趣が変わります。
この主庭を眺める書院の背後には茶室「松濤庵」があり、そちらからも別の枯山水庭園が楽しめたり、前庭には現代に作庭された「回遊式琵琶湖庭園」や「心池庭」という石庭があります。
早朝の人出が少ない時間帯の観賞がお薦めです。
拝観券(裏面)、写真クリックで拡大
参道・寺号碑見返り
山門前参道
開山臥龍の松庭園パノラマ
中園、左に庫裏:茶室「松濤庵」縁側から
蓬莱山庭園、奥に土蔵:茶室「松濤庵」縁側から
枯山水蓬莱庭園:縁側から
枯山水蓬莱庭園:座敷から
石畳参道・寺号碑
寛文10年(1670)、当地の地頭である信長の甥:織田正信が大池寺の開基となり、多くの寄進を行って仏殿、庫裡が完成しました。こうしたことから大池寺の寺紋は織田木瓜となっています。またこの時、後水尾天皇や仙台藩第5代藩主:伊達吉村の父伊達宗房なども寄進を行っています。近代に入り、長らく住持が不在の時期があったため、庫裏が崩壊するなどしていましたが、昭和12年(1937)に龍巌月泉が住持となって復興に当たりました。当寺の周囲は、行基が作ったという池を中心とした名坂大池寺自然公園があります。
山門前サツキ刈込
仏殿(本堂)前からの山門背面
手水鉢
書院玄関前から開山臥龍の松の庭
開山臥龍の松
仏母井・中庭:仏殿と庫裏の渡廊下から、奥に茶室(松濤庵)
仏母井・中庭
蓬莱山庭園、奥に土蔵:書院から
枯山水蓬莱庭園パノラマ:縁側から
枯山水蓬莱庭園パノラマ:座敷から
書院額『五蘊皆空(ごうんかいくう)』
書院玄関
観音立像
観音立像
イヌマキの古木、奥に仏殿(本堂)
「水口町の古木・名木」案内板
イヌマキの古木、中奥に開山堂・右:仏殿(本堂)
昇龍松
手水鉢
佛足石、石碑『釈迦牟尼佛足石』
石仏、※朽ち果てて何の尊像か判明せず
「臨済宗大池禅寺」案内碑、※写真クリックで拡大
石橋に石畳参道
寺号碑・山門・奥に仏殿(本堂)
寺号碑前広場パノラマ、※写真クリックで拡大
「大池寺の蓬莱の庭」案内板、※写真クリックで拡大
参道・案内標柱
山聲-TOP
旅悠遊-滋賀甲賀
歩ッ歩ッ歩:山もゆる、一歩一歩の山あるき
心池庭