探訪記-滋賀甲賀
歩ッ歩ッ歩:山もゆる、一歩一歩の山あるき
磨崖地蔵尊
磨崖地蔵尊覆屋
磨崖仏への遊歩道
本堂前からの方丈
庫裏前からの方丈
方丈正面
放生池からの方丈
本堂西側寄りの風景
本堂西面
本尊説明板
扁額『妙感寺』
軒天見上げ
本堂(観音堂)
放生池からの本堂
案内標識
参道からの本堂
参道
うんしょうざんみょうかんじ 概要 南北朝時代、微妙大師によって創建されました。宗派:臨済宗妙心寺派、開山:藤原藤房(萬里小路藤房)。本尊:十一面千手観音。元亀の騒乱により焼き討ちに遭いましたが万治年間(1660頃)に再興。大正2年(1913)、微妙大師の塔所が整備されています。本堂(観音堂)は有形文化財指定、方丈(開山堂)は、寛文元年(1661)、東福門院水口御殿の一部を移築と伝わる。境内には、微妙大師の塔所や不老の滝があり、山中には磨崖仏(地蔵菩薩、両脇に二童子)があります。
雲照山妙感寺
地  域 25k:三雲/北東C
Mapion 滋賀県甲西町三雲
山行日 2016.09.02、(晴)
遊歩道入口からの本堂:右、方丈:正面
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奥に大納言
  ↓
奥に白草山
  ↓
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藤原藤房は鎌倉時代末期の公卿で、元弘(げんこう)の乱の謀議が露見したため、後醍醐天皇の笠置山脱出に従いました。藤房はその後、出家(大本山妙心寺第二世微妙大師(授翁宗弼))して妙感寺を創建しました。大師は、建武中興の元勲:萬里小路中納言藤原藤房卿です。後世、新田義貞、楠木正成とともに、建武の三忠臣と讃えられています。公卿時代の知行地であったこの江州三雲の郷に、草庵を結ばれたのは42歳の頃。その後、後醍醐天皇念持仏の千手観音を泰安する持仏堂(現本堂)を建立されたのが、妙感寺のはじまりとされます。大正2年(1913)には、宮内省より御下賜金を賜り、微妙大師の塔所が改修整備され、現在に至ります。
遊歩道:途中から登山道マガイに変わる
不老の滝
遊歩道入口
案内板:クリックで拡大
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