| はちまんぼり |
ルート |
八幡堀(11:50/12:40) |
| 八幡堀 |
| 地 域 |
25e:近江八幡/北東C |
概要 八幡堀は天正13年(1585)に豊臣秀次(秀吉の甥)が八幡山に城を築き開町したことに始まります。秀次は、八幡堀と琵琶湖とを繋ぎ、湖上を往来する船を城下内に寄港させることで、人、物、情報を集め、さらに楽市楽座制を実施することで城下を大いに活気づけました。近江商人の発祥と発展、また町の繁栄に大きな役割を果たし賑わいを見せたといわれます。八幡堀(全長4.75km)は交通路や生活の場としてその役目を果たし、昭和初期までは、常に町の人々の経済・流通路でしたが、戦後は陸上交通の発展によって不要となった八幡堀は廃れ、ドブ川となり、埋め立ての予定もありました。しかし、地元の人たちの保存再生活動により、当時の美しさを取り戻しました。堀に沿って、白壁の土蔵や旧家が立ち並ぶ風景は、その趣のある風情とあいまって、時代劇の格好の撮影場所となり、年間を通じて多くのロケが行われています。 |
 |
滋賀県近江八幡市 |
| 標 高 |
90m/86m=04m |
| 距 離 |
― |
| 体力度 |
―、Θ |
| 山行日 |
2023.03.07、(晴) |
| 形 態 |
日帰り、3名 |
| 時 間 |
所要00:50/歩行00:30 |
| アクセス |
自家用車、01:00 |
| 備 考 |
階段参道 |
界隈露地
柳の新芽
八幡堀
八幡堀、鶴翼山(八幡山)
八幡堀
八幡堀
八幡堀
八幡堀
八幡堀
八幡堀
八幡堀
八幡堀
八幡堀
八幡堀
八幡堀は、交通路や生活の場としその役目を果たしてきましたが、生活形態が変わりだした昭和30年代(1955)にもなると、無用の長物から公害源となりだしました。琵琶湖総合開発による琵琶湖の水位低下や生活排水の質的変化により、その荒廃は進む一方でした。昭和40年になると、八幡堀に堆積したヘドロや蚊・ハエの発生源や市民による不法投棄の場所と成り果て、地元自治会は衛生的観点から署名を添え駐車場や公園等への改修要望を市に陳情しました。
このような状況の中、昭和47年に近江八幡青年会議所が「堀は埋めた瞬間から後悔が始まる」を合い言葉に全市民へ浚渫と復元を呼びかけました。この活動はいつの日か近江八幡市の誇りを取り戻す事業として共感の輪が広がり始め、現在の姿に再生することに成功しました。
界隈店先
柳の新芽
八幡堀
鶴翼山(八幡山)
八幡堀、鶴翼山(八幡山)
八幡堀
界隈店先
八幡堀
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