| あしょかおうざんいしどうじ |
ルート |
阿育王山石塔寺(09:10-:10:00) |
| 阿育王山石塔寺 |
| 地 域 |
25en:日野西部/北東w |
概要 石塔寺は、宗派:天台宗、山号:阿育王山、本尊:聖観音(秘仏)、創建:伝・推古天皇在位年間(592-628)、開基:伝・聖徳太子。石塔寺は、聖徳太子創建の伝承をもつ寺院です。伝承によれば、聖徳太子は近江に48か寺を建立し、石塔寺は48番目の満願の寺院で、本願成就寺と称したと伝わります。石塔寺がある滋賀県湖東地区には、他にも西国三十三所札所寺院の長命寺(近江八幡市)、石馬寺(五個荘町)、百済寺(愛東町)など、聖徳太子創建伝承をもつ寺院が多く、この地が早くから仏教文化の栄えた土地であるとともに、聖徳太子とも何らかのつながりのあったことを思わせます。「石塔寺」の名のとおり、境内には、阿育王塔と呼ばれる石造三重塔(重文)を中心に、数万基の石塔や石仏が並びます。毎年8月末には、「石塔フェスティバル(石塔寺万燈祭)」が開かれ、石塔と石仏に献灯が行われます。近江西国三十三箇所第22番札所。 |
 |
滋賀県八日市石塔町 |
| 標 高 |
200m/165m=35m |
| 距 離 |
― |
| 体力度 |
―、☆ |
| 山行日 |
2024.04.07、(晴) |
| 形 態 |
日帰り、1名 |
| 時 間 |
所要00:50/歩行00:30 |
| アクセス |
自家用車、01:10 |
| 備 考 |
長い階段 |
拝観パンフレットより-2/5
拝観パンフレットより-1/5
階段参道(帰路)
山上八十八ヶ所巡り
山上八十八ヶ所巡り
山上八十八ヶ所巡り石仏群
山上八十八ヶ所巡り石仏群
山上八十八ヶ所巡り石仏群
山上八十八ヶ所巡り石仏群
石塔・石仏群
石塔・石仏群
石塔・石仏群
石塔群
石塔・石仏群
宝塔(重文、1302年)、五輪塔(重文、1304年)、五輪塔(重文、1349年)
宝塔(重文、1302年)、五輪塔(重文、1304年)、五輪塔(重文、1349年)
阿育王塔(重文、総:7.5m)
阿育王塔(重文、総:7.5m)
阿育王塔(重文、総:7.5m)背面、右奥に鐘楼
阿育王塔(重文、総:7.5m)背面
阿育王塔(重文、総:7.5m)右側面
阿育王塔(重文、総:7.5m)正面
鐘楼
階段参道
階段参道脇の地蔵菩薩祠
山上への階段参道
本堂前庭からの山門背面遠景
本堂向拝からの前庭
本堂向拝の鰐口(わにぐち)
本堂扁額『石塔寺』
本堂右正面
本堂正面
本堂前観音石像
本堂前庭園
山門背右側面
山門背面、(高麗門)
山門背面額縁
石橋(見返り)
山門正面額縁
山門右正面
山門正面、扁額『阿育王山』
山門中景
参道からの本堂甍
参道
参道
下馬碑、寺号碑
参道口
拝観パンフレットより-4/5
拝観パンフレットより-5/5
石塔寺境内にある数万基の石塔群の中で、ひときわ高くそびえる三重石塔については、次のような伝承があります。『平安時代の長保3年(1003)に、唐に留学した比叡山の僧・寂照法師は、五台山に滞在中、五台山の僧から、「昔インドの阿育王が仏教隆盛を願って三千世界に撒布した8万4千基の仏舎利塔のうち、2基が日本に飛来しており、1基は琵琶湖の湖中に沈み、1基は近江国渡来山(わたらいやま)の土中にある」と聞いた。寂照は日本に手紙を送ってこのことを知らせた。3年後の寛弘3年(1006)、播州明石(兵庫県明石市)の僧・義観僧都がこの手紙を入手し、一条天皇に上奏した。そして、一条天皇の勅命により、塔の探索を行ったところ、武士の野谷光盛なる者が、石塔寺の裏山に大きな塚を発見した。野谷光盛と天皇の勅使平恒昌が掘ってみたところ、阿育王塔が出土した。一条天皇は大変喜び、七堂伽藍を新たに建立し、寺号を阿育王山石塔寺と改号した。寺は一条天皇の勅願寺となり、隆盛を極め、八十余坊の大伽藍を築いたという。』
拝観パンフレットより-3/5、写真クリックで拡大
階段参道(帰路)、段下
階段参道(帰路)、段上から俯瞰
石塔・石仏群
石塔・石仏群
地蔵菩薩石像
石塔・石仏群
阿育王塔(重文、総:7.5m)
鐘楼
階段参道
本堂左正面
本堂前観音石像
石橋
旅悠遊-滋賀北湖東
歩ッ歩ッ歩:山もゆる、一歩一歩の山あるき