| はっこうさんほうしゅんぜんじ |
ルート |
発光山芳春禅寺(12:50/13:10) |
| 発光山芳春禅寺 |
| 地 域 |
18w:早瀬/南東NE |
概要 芳春禅寺は、宗派:曹洞宗(草創期は真言宗)、山号:発光山、本尊:十一面観音、開創:伝・室町時代、開山:伝・泰澄。伝承によれば、もとは泰澄(たいちょう)の草創とされ、当初は神岳寺(しんがくじ)という真言宗の寺院でしたが、後に曹洞宗に改宗されたと伝えられ、室町時代の開創と考えられています。歴史的に重要な拠点となっており、永禄6年(1563)に越前の朝倉義景が若狭に侵攻した際、最初に本陣を置いたのが芳春寺でした。翌永禄7年(1564)からは、裏山に中山ノ付城を築き、6年間にわたる「国吉城籠城戦」の舞台となりました。天正10年(1570)年には、織田信長の支援を受けて粟屋勝久方の勝利に終わり、朝倉軍は越前に退きました。近くにある佐柿城主:粟屋越中守勝久の菩提所でもあるそうです。境内には水子・子育て祈願の千体地蔵尊が安置されています。南越前町(旧今庄町)慈眼寺の末寺とされています。 |
 |
福井県美浜町佐田 |
| 標 高 |
52m/42m=10m |
| 距 離 |
― |
| 体力度 |
―、Θ |
| 山行日 |
2025.11.26、(雨/曇) |
| 形 態 |
後泊、3名 |
| 時 間 |
所要00:20/歩行00:10 |
| アクセス |
自家用車、02:10 |
| 備 考 |
特に支障なし |
階段参道から回向柱西面・山門背面遠景
鐘楼
庫裏
階段参道
回向柱(南面)
回向柱(東面)
山門正面額縁
山門正面
千体地蔵
人形塚、千体地蔵
地蔵菩薩立像
芳春寺の裏山には、中山の付城と称される砦がありました。 山頂には、国吉城見張りの石碑があります。中山の付城は、丹後街道の南にある芳春寺山(標高:145.3m)の山頂に築かれています。
中山の付城は、越前朝倉軍が国吉城攻めのため、永禄7年(1564)に芳春寺山(中山)に築いた監視の城です。天正元年(1573)、朝倉氏が滅亡すると織田信長によって破却されました。
参道口・大ケヤキ(帰路)
地蔵菩薩立像拝所(帰路)
山門前参道(帰路)
山門(帰路)
本堂向拝
壇上伽藍、本堂正面
回向柱(東面・北面・西面・東面)、※写真クリックで拡大
回向柱(西面)
回向柱(北面)
山門からの参道、階段参道の奥に本堂
山門背面
山門中景
地蔵菩薩立像拝所
「疣取り地蔵」案内板、写真クリックで拡大
疣(いぼ)取り地蔵
参道口の大ケヤキ、奥に山門
寺号碑『芳春禅寺』
本堂前境内、十三重石塔・庫裏・鐘楼
十三重石塔
書院
本堂向拝扁額『發光山』
参道口
旅悠遊-福井若狭
歩ッ歩ッ歩:山もゆる、一歩一歩の山あるき