おおたき―・おかもちじんじゃ ルート 大瀧神社・紙租神岡太神社(10:40/11:30)
大瀧神社・岡太神社
地  域 18c:武生/北東NE 概要 大瀧神社・紙祖神岡太神社は、主祭神:大瀧神社=國常立尊/伊弉諾尊・岡太神社=川上御前(岡太大神)、社格等:県社、創建::(伝)養老3年(719)。権現山という霊山の山上にある上宮と、山麓にある下宮から成り立っています。上宮(奥の院)には大瀧・岡太両神社の本殿が並んで建ちますが、下宮(里宮)の本殿・拝殿は両神社の共有となっていることから、二つの神社の名前が併記されます。もともと大瀧神社は、「大瀧兒権現(おおたきちごごんげん)」という神仏習合の霊場で、白山信仰の本山である平泉寺(へいせんじ)の末寺として隆盛をきわめ、その別当「大瀧寺」の境内に、「岡太神社」という紙の神様がまつられていたと伝わります。国の重要文化財、指定名称は「大滝神社」です。「紙の神様」をお祀りする神社で、現在もこの辺りでは「和紙の里」として知られ、和紙業者たちがその技を伝承しています。
Mapion 福井県越前市大滝町
標  高 68m/57m=11m
距  離
体力度 ―、Θ
山行日 2025.04.16、(晴)
形  態 後泊、3名
時  間 所要00:50/歩行00:10
アクセス 自家用車、01:30
備  考 特に支障なし
ミツマタ
観光パンフレット
本殿裏の擁壁上にミツマタ
神馬
篝火場
中門前からの境内
廻廊、中門背面
末社
末社
神輿殿、※写真クリック拡大
廻廊からの社殿
本殿屋根
妻壁梁上彫刻:後側
妻壁梁上彫刻:中央
本殿左側面縁軒裏見上げ
本殿左側面
拝殿・本殿右側面
拝殿・本殿右側面
本殿・拝殿左側面
拝殿正面
中門額縁
手水場
手水舎
「大瀧神社・紙祖神岡太神社 由緒」高札、※写真クリックで拡大
表参道鳥居見返り
表参道鳥居神額『岡太神社・大瀧神社』
十一面観音像安置所
伝承によれば、養老3年(719)、この地を訪れた泰澄が、国常立尊(くにとこたちのみこと)・伊弉諾尊(いざなぎのみこと)を主祭神とし、十一面観世音菩薩を本地とする神仏習合の社を創建し、大瀧兒(おおたきちご)権現を建立したと伝わります。後に、明治時代の神仏分離令により、現在の大瀧神社となりました
岡太神社については、約1,500年前(飛鳥時代から奈良時代)、大滝町の岡本川上流に美しい姫が現れ、村人に紙漉きの技術を伝えたのが始まりとされています。この伝説の姫『川上御前』を、和紙の神様・紙祖神(しそじん)として祀ったのが岡太神社です
延元2年(1337)の足利軍の兵火で、社殿が失われ、岡太神社の祭神を大瀧神社の相殿に祭られました。さらに天正3年(1575)、織田信長の一向一揆攻略の際、大瀧寺一山が兵火に遭い消失。再建時に、大瀧神社の摂社として境内に祀られるようになりました。大正12年(1923)、大蔵省印刷局抄紙部に川上御前の分霊が奉祀され、岡太神社は名実共に全国紙業界の総鎮守となりました。
パンフレット-7/7、写真クリックで拡大
パンフレット-6/7、写真クリックで拡大
4/7
パンフレット-5/7、写真クリックで拡大
パンフレット-3/7、写真クリックで拡大
パンフレット-2/7、写真クリックで拡大
パンフレット-1/7、写真クリックで拡大
ミツマタ
「紙祖神川上御前の伝説由来」案内板、※写真クリックで拡大
裏参道鳥居
中門正面中景、両翼:回廊
廻廊前広場からの神馬、回廊、中門遠景
末社階段前からの回廊・中門
神楽殿、※写真クリックで拡大
廻廊、中門
拝殿扁額『岡太神社・大瀧神社』、※写真クリックで拡大
拝殿・本殿左正面、※写真クリックで拡大
妻壁梁上彫刻:前側
本殿左正面壁彫刻、※写真クリックで拡大
本殿左正面壁彫刻
本殿妻壁
本殿左側面軒裏見上げ
中門正面
神馬、廻廊、中門前境内
高札前境内
表参道鳥居
「紙祖神岡太神社・大瀧神社」案内板、※写真クリックで拡大
表参道口、社号碑
山聲-TOP
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